俺みたいな22でフリーターの貧乏野郎、他に、いますかっていねーか、はは
暗闇に光が溶け出し、夜空が薄紫色に染まりだした頃。村の出口にて毛皮商の馬車に相乗りする話をする3人の男たちがあった。
「シーケシュア帝国首都までは行かん。一番近くの町で降ろしてやってくれ」
「いいのか?兄ちゃん」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
陽彩は革帯に吊り下げた革袋から硬貨を3枚取り出し毛皮商人に手渡した。チャールズに世話になった礼を述べ、深々と頭を下げた後馬車の荷台に乗り込む。積まれた荷物を踏みつけないよう気を付けつつ腰を据えると、御者が手綱をしならせ引馬の尻を叩いた。馬はゆっくりと進みだす。
「兄ちゃんは仕事を探しに行くのかい?」
手綱を引いている御者の隣で毛皮商が声をかける。
「ええ。どこか紹介してくれませんか?」
「ん~そうだなぁ。なら、冒険者ギルドに行くといい」
「冒険者ギルド?」
「冒険者は職を無くした奴らへの救済制度さ。実力さえあれば一獲千金も夢じゃない浪漫があるってんで、若い世代に人気なんだと。あそこなら雑用仕事から魔物の盗伐依頼まで、幅広く仕事を斡旋してくれるらしい」
「魔物・・・」
陽彩はさらっと飛び出したフレーズを聞き逃さなった。
(魔法が存在する世界ってナローナが言ってたけど、ほんとなんだ)
「なんだ、魔物見たことが無いのか?まぁ、最近はここらじゃ殆ど見かけなくなったなぁ。北や西の方にはまだまだ見たことも無い恐ろしい魔物もたくさんいるらしいが、兄ちゃん位の年じゃ見たことなくても珍しくないな」
「危険なんですか?」
「まぁ、牛や馬みたいに共生できる種族もいれば、人を襲うやつらもいる。全部が全部、危険ってわけじゃないさ。そうだ、詳しいことなら冒険者ギルドの資料室にでも行くといい。先人達が魔物の生態系について綴った本がたくさん置いてあるから、色々と知ることができるはずさ」
それから毛皮商人の話を聞きつつ、馬車に揺られること数時間。気付けば太陽がてっぺんに差し掛かった頃、ようやく街の外観が見えてきた。
「おお~想像より大きいところだなぁ」
「これでも帝国じゃ王族貴族が住む首都に比べれば田舎も田舎さ。さ、ここで降りてくれ。」
道の交差点で馬車が停まる。
「ここからは城壁沿って歩いていけば入口があるはずだ」
商人が入口の方角を指さし道を示す。
陽彩は荷台から降りると、商人に感謝を伝えた。
「送ってくれてありがとう」
「おう、頑張ってな」
馬車を見送り、先を行く商人の背中にありがとうと叫びながら手を振ると、振り返った商人も手を振り返してくれた。
異世界に来て早々、親切な人達に出会えた奇跡に感謝するしかない。陽彩は長時間馬車に揺られて軋む体を解すように大きく伸びをすると、街の入り口へと歩き始めた。
聳え立つ石煉瓦の城壁に沿って歩いていると、やがて大きな門が見えてきた。両脇に佇み談笑していた2人の門番は陽彩に気が付くと視線を向けたが、陽彩の身なりを一瞥すると談笑を再開してしまった。
「すみません、冒険者ギルドってどこですか」
彼らの間を突っ切っていくのもなんだと思い、陽彩は話しかけていた。
「ああ、ギルドならこのまま真っすぐ大通りを歩いて行ったとこだよ。大衆酒場が併設された大きな建物だからわかるはずさ」
「どうもありがとう」
不愛想な態度は変わらなかったが、門番は道を教えてくれた。教えて貰った通りに大通りを歩いていくと、やがてそれらしい建物を見つけることが出来た。建物の正面に位置するスイングドアから出入りする人達の様相は、腰に刀剣を下げた屈強そうな者から荷運び用に大きな革の鞄を背負う者、飲み食いが目的な者まで様々であった
。
少し緊張しながら中に入ると、奥の方にバーカウンターが目についた。何が何だかわからないし、とりあえず店のど真ん中に突っ立っているのは迷惑と思い、そそくさとカウンターに移動していた。
ぼうっと真正面に並べられた酒樽を眺めていると、隣に男がやってきて、硬貨を2枚出してカウンターに叩きつけた。バーテンの親父が硬貨を受け取ると、木製のジョッキに酒樽からエールを注ぎ男の前に置いた。男はジョッキを手に持ち、仲間が待つ卓に戻っていく。陽彩もそれに倣って革帯に吊り下げた財布から硬貨を取り出して酒を受け取った。ジョッキに口をつけ、一口喉に流し込む。現代で飲んだビールと比べると苦みが強く、ぬるく炭酸が抜けた様な飲み物に思わず顔をしかめた。
「うえっ・・・苦・・・」
バーテンに水は無いのかと聞くと、文句があるなら飲むなと一蹴されてしまった。事実、中世では飲料に適した綺麗な水は貴重なものであり、人々はのどが渇けばエール(ビール)や薄めたワイン、蜂蜜酒を代わりに飲んでいたという。
仕方なくちびちびと飲み進めていると、エプロンを付けた可愛らしい給仕の少女に声を掛けられた。
「あの、お客さん初めてですよね?」
「え?ああ、うん。仕事を探しているんだけど、ここに来れば紹介して貰えるってきいて」
「なら、あそこの依頼掲示板を確認して、受けたい依頼があれば隣の受付嬢さんに声をかけて下さいね」
「給仕さんありがとう」
少女が示した方を見ると、確かに掲示板があり、依頼の内容が記された木札が掛けられている。ジョッキ片手に近付いて中身を見てみると、依頼は収穫の手伝いや郵便配達などの雑用ばかりだった。
(所謂、冒険者=日雇いバイトみたいなものなのかな)
一通り眺めていると、受付嬢に声を掛けられた。
「なにか気になるものはありましたか?」
「依頼はこれだけですか?」
「ああ、そちらは冒険者登録不要のお仕事ばかりですよ。登録証をお持ちでしたらご提示下さい。冒険者用の依頼の受注はこちらでご対応させて頂きますので」
「冒険者って登録いるんですか?」
「そうですねー。登録されていきますか?」
「うーん。その前に色々聞いてもいいですか?」
「勿論!わからないところがあればなんでも仰って下さいね!」