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異世界人はチート冒険者から世界の均衡を守りたい  作者: 5963
やって来ました異世界
2/8

初異世界…ども…

豊かな自然の中で聞こえてくるのは風に戦ぐ音や、渓流を流れる水の音。小鳥のさえずり。目に見えるのは青々とした木々達に、幹の間を縫うように駆け抜けていく野ウサギが一匹。木々の隙間から射す暖かな木漏れ日が大変心地良い。鼻から大きく息を吸えば、どこか懐かしさすら感じる木や土の匂いが鼻腔をくすぐる。素足に刺さる柔らかい芝生が少しこそばゆい。

都会のアスファルトやコンクリートジャングルと排ガスが混じりの空気とは打って変わって自然と一体になった感覚が故郷の九州の田舎を思い出させる。


「ん~空気が美味い!」


真野 陽彩(マノ ヒイロ)は豊かな森の中で自然の美しさを堪能していた。産まれたままの姿で。


(現代社会では到底味わうことが出来ないこの解放感は、都会の薄汚れた語彙では言い表せられんね)


ナローナという神に異世界に転移され、恥部を隠す布さえ与えられなかった持たざる者は、交通事故により死亡し、あの世でなんやかんやあって今に至る。陽彩が自然を満喫していると男たちの叫び声が聞こえて来た。音の発生源は徐々に陽彩へと近づいて行き、低木を掻き分け枝を折る音がすぐ後ろで鳴ると、陽彩はゆっくりと振り返った。


「ようやく追いついたぞ・・・変態野郎・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・なんて身軽な変態だ・・・」

「逃げ足の速いナメた変態だ・・・」


見れば3人の小汚い男たちが息を切らしている。相当な距離を追って来たのか、手に膝を付いたり木に寄りかかったりして息を整えていた。左から大柄でメイスを持った大柄な男、中と右の男は陽彩と体格はそこまで変わらないが、2人とも腰には本当の剣を吊り下げており、右の男は木の板を張り合わせて作ったであろう簡単な盾を背負っている。

彼らが着ているものに多少の差異はあれど、薄汚れたシャツや動物の毛皮をあしらった腰巻き、骨を削って作ったアクセサリーなどから見てわかる通り、彼らは山賊である。では何故そんな彼らが陽彩を追っていたのか。その理由は陽彩の行動にあった。


「石を投げたのはてめぇだな」

「てめぇ、ここで何してたか知らねぇが服はどうした」

「・・・」


山賊が至極真っ当な疑問を投げる。だが、陽彩は口を開かなかった。


「どっかに服と荷物が置いてあんだろ。どこにある」

「・・・」


本当に何も持っていない素寒貧であることは間違いない。しかしそれを白状する道理も、言ったからといって見逃してもらえる保証もない。陽彩は口を閉ざしたままだ。


「だんまりかよ・・・なめやがって!」

「もういいだろ、ムカついてきた!金はいいから殺してやる!死ねや変態!」


真ん中の盗賊が剣を抜くを合図に山賊が戦闘態勢に入った。それに応じて陽彩も右足を少し引き、膝を曲げ、腰を落とす。剣を持った山賊が右手の獲物で陽彩を一息に突き刺そうと迫り、振り上げた剣の切っ先が体を外れた瞬間、陽彩は音もなく地面を蹴り正面から距離を詰めた。一瞬で剣の間合いの内側に入り込むと、左手で相手の右手首を、右手で左の内肘を抑え、そのまま両腕ごと抱え込むように抱き着いた。

これは、ハンドボールにおけるディフェンスの完璧な成功例である。学生時代、ハンドボール部の守備の要と言われた彼は飛び出しの速さに定評があった。衝突を恐れないメンタルと運動神経にものを言わせたタックルで、一瞬にして山賊の勢いを完全に殺してしまったのだ。


「ぐっ!離せ!」


抱えられた盗賊が腕の中でもがくが、陽彩は手を緩めなかった。他の2人は誤爆を恐れたのか、または裸の男が急に抱き着いてきたことにある種の危機感を覚えたのか今すぐ攻撃する気配はないようだ。それを見逃す陽彩ではない。


「うっ・・・!」


熱い抱擁を緩めると左の膝を相手の股間目掛けてめり込ませた。男であれば抗いようのない不快感と気絶しそうな痛みに脂汗がどっと吹き出し、男の身体は腰からくの字に折れる。


「ふんっ!」


そのまま悶絶しながら地面に沈んでいく男の右手から素早く剣をもぎ取ると、盾を構えた山賊目掛けて剣を投げる。当てずっぽうな投擲だったが、突然の飛来物に盾持ちの山賊は慌てて木盾で大事な顔面を覆った。投げられた剣はというと、狙いを外れすぐ後ろの木の幹に勢いよく突き刺さっていた。陽彩がメイスをもった大柄な盗賊の方に目を向けると、彼は陽彩の頭部目掛けて右から横なぎに振りぬこうとしていた。このままヒットすれば陽彩の頭はだるま落としの如く飛び出していくだろう。陽彩がしゃがむように頭を屈めると、間一髪でメイスが通過していった。振り子のようにメイスが戻ってくるよりも早く、陽彩はしゃがんだ勢いそのままに、相手の顔面目掛けて下からのロケット頭突きを繰り出した。


「ぶっ!!」


兜を被っていなかったのが運の尽き。放った頭突きは男の鼻に直撃し、豚のような鳴き声を上げ、鮮血を2つの穴から噴き出した。大柄な山賊はたまらずたたらを踏んで攻撃の手を止める。そこにすかさず、陽彩の前蹴りが股間を貫いた。


「アッ」


大柄な山賊は体躯の割には情けない悲鳴を上げ、内またで股間を抑え前のめりに崩れ落ちた。同時に、陽彩は彼の手から滑り落ちたメイスを拾い上げ最後の一人目掛けて放り投げる。山賊はまたもや飛んできた飛来物を盾で防ごうとするが、今度はメイスの質量に握力が負け、盾はもぎ取られるように吹き飛ばされた。山賊の目線が切れた一瞬、陽彩は距離を詰め始めた。山賊が態勢を立て直し反撃を行うよりも早く剣の間合いに滑り込み、硬い肘を顔面にお見舞いする。

そのまま左手を組み、剣を持つ右手の自由を奪うと、鳩尾目掛けて拳をめり込ませた。山賊は胃が痙攣し内臓がかき回されるような感覚に耐えられず体を折る。男が腹を抱えて倒れこむと、顔面をボールに見立てて蹴りを見舞う。ここでも過去の部活動経験を活かし、サッカーのインステップキックの要領で頭をカチ上げると、男は完全にノビてしまった。


「意外とまだまだ動けるもんだな」


掌を握って開いてを繰り返し、ぽつりと呟く。最後に喧嘩したのは遠い昔の事だったが、染みついた感覚は抜けていなかったようだ。陽彩は未だ悶絶している残りの盗賊も同様に気絶させる。最期に倒した男から衣服を追い剥ぎしようとしゃがんだところ、背後で木枝が折れる音がした。陽彩は近くに落ちていたメイスを急いで拾うと、音の発生源に体を向ける。そこには、麦わら帽子を被り、シャツにベストを着た中年男性が立っていた。


「あ、アンタ強いなぁ」


男性は素直な感想を投げかける。彼は偶然裸の男と3人組の山賊が対峙しているところに遭遇したのだが、陽彩の大立ち回りに魅入られていたのだ。何故裸なのかという疑問も、彼の無駄のない無慈悲な攻撃の美しさに頭から消し飛んでいた。

陽彩は彼に敵意が無いとみると、メイスを地面に放り投げて友好の姿勢をみせた。


「そうだ、アンタどうして裸なんだ?服はどうした。その男たちに盗られたのか?」


男性は忘れかけていた疑問を記憶の片隅から引っ張り出した。


(多分、異世界からやって来たって事は言わない方がいいよな)


陽彩は彼の問いに初めて異世界人に対して口を開く。


「そうなんです。持ってた服も全部盗られて、殺されそうだったんです」

「そりゃ災難だったな。盗られた荷物は?」

「・・・えっと、仲間みたいな奴に持って行かれました」

「じゃあこいつらのねぐらにある訳か。なら悪いことは言わねぇ、盗られたもんは諦めな」

「そうですか、では」

「・・・ちょっと待ちな」


お得意の二枚舌が乾き根も葉もない嘘八百が尽きる前に、会話を切り上げ立ち去ろうとする陽彩の背中を男性が呼び止める。


「立派なモン見せつけたい気持ちもわかるが少しは恥を持て。余りをやるからついてきな」


ついて来いと言わんばかりの背中に陽彩は素直に追従し始めた。男性は森を熟知しているのだろう。迷う素振りも無く木々の合間を進んでいく。


「そうだ、お名前お伺いしてもいいですか?」


目の前を先導する男性に名を尋ねると、彼はチャールズと名乗った。

チャールズはこの森を抜けた先にある村の猟師である。弓矢を用いて鹿やウサギを狩り、肉や毛皮を売って生計を立てていたが、狼に襲われ左腕を負傷し満足に弓を引けなくなると罠でウサギや野鳥を狩り細々と暮らしているという。チャールズは左腕の包帯を解き、陽彩に傷跡を見せる。


「うおぁ・・・玉がひゅんひゅんする」


股間を抑える陽彩が面白おかしく、チャールズは思わず噴き出した。


「ハハハ。面白い奴だな。アンタ名前は?」

「陽彩です。真野陽彩」

「ヒイロか。珍しい名前だな」

「よく言われます」


2人は少しずつ打ち解け始めた様だ。チャールズが陽彩の素性について尋ねた際はひやりとしたが、孤児院育ちの流浪人であり仕事を探して西に向かう途中に賊に襲われていたとのことで、異世界転移者であることは隠し通すことが出来た。

お互いの身の上話や罠猟について話しつつ歩みを進めていると、やがて森を抜け日が沈み始めた頃にチャールズが住む村に着いた。多くの住居が土壁に藁ぶき屋根の平屋といった具合で、あまり豊かではない様だ。行きかう人々もやつれ気味で、少なくとも笑顔溢れる暖かな村、という雰囲気は感じられない。チャールズの家は村の中心から離れたところにあり道中人の往来は少なかったが、すれ違う村人たちはみな、裸で堂々と闊歩する陽彩の股間を凝視しゴクリと生唾を呑む。中には手に持った荷物が滑り落ちたことに気が付かない程凝視してくるものもいた。


「いつまでもンなもんぶら下げてないで、さっさと入りな」


流石に裸んぼの連れが恥ずかしくなったのか、チャールズが扉を開け入室を促す。陽彩はというと、右手で銃を作り、固まった村人に向け発砲の真似事をするという奇妙な遊びを行っていた。すると、恥ずかしさが限界までこみ上げてきていたチャールズに頭を引っぱたかれる。


「お邪魔します」


中は質素な造りだった。藁束を並べ、シーツを敷いただけの簡単なベッドに木のテーブルと長椅子。台所には大きな鉄鍋があり、中にはスープが火に掛けられたまま放置されていた。

陽彩が内装を眺めていると、チャールズが収納木箱から古めかしい衣服と革靴を取り出した。陽彩は一式を受け取ると、一言のお礼と頭を下げそれらを着用する。薄手の長袖の上から膝上まであるチュニックを被り、腰辺りで革帯で締める。ズボンは少し大きかったので裾を細布を巻いて脚絆代わりにし、先のとがった革靴を履く。履き心地はあまり良くないので、はじめは靴擦れから逃れられないだろうが、そのうち履き慣れていくだろう。陽彩本人は特に裸でも問題無いが、やはり文化人故、衣服を身に纏う安心感は筆舌に尽くしがたい。


「少し大きいか?」

「いえ、イイ感じです」

「腹減ってるだろ。軽く食べるか?」

「あ、ありがとうございます」


チャールズは鍋に入ったスープを木を削って作られたボウルに注ぎ、パンを添えてテーブルに置く。2人はテーブルに着席し食事に手を付け始めた。


「いただきます」

「なんだ?」

「あ、いえ。何でもないです」


陽彩の合掌にチャールズが尋ねる。慌ててお茶を濁して事なきを得るが、異世界文化を前に現代日本の習慣が思わず出てしまった。


(あっぶねー。無意識で出てたな)


陽彩はカチカチに固まったパンを千切り、口に入れるふりをしてチャールズの出方を伺った。異世界人の食事の作法を知らないので、真似することで乗り切ろうとしているのだ。


「えんどう豆とベーコンのスープなんだが、悪いな。料理はあまり得意じゃないんだ」


そう言うと、チャールズは千切ったパンをスープに通し口に入れた。陽彩もそれに倣う。


「美味しいですよ。あっさりしてて、豆の風味がよく立ってる」


チャールズは自信無さ気に出してくれたが、十分食べられるものだった。熱々のスープはえんどう豆のほのかな甘みをベーコンの強い塩気が良い塩梅で引き立たせている。やはりパンが硬く、咀嚼に顎が疲れそうだが、一口大にちぎってスープにびたびたに浸せば十分食べやすくなるだろう。

その後うまいうまいと食べ進み、器の中が空になるころには、陽彩の腹は十分膨れていた。


「ふぅ。美味かった」

「そういえば、アンタ。これからどうするんだ。西に向かうんだろ」

「えっ?あ、ああ。そうですね。とりあえず都会に」

「なら一番近いのは首都か。そこまで道は解るのか?この辺りには詳しくないんだろう」

「まぁ」


陽彩の答えに、チャールズは席を立った。衣服を取り出した木箱とは別のものから革の小袋を取り出すと、陽彩の手に握らせる。小袋を持つ右手にずしりとした重みが来る。ちゃりちゃりと小さな金物が擦れる音がするので口を開くと中には数十枚の硬貨が入っていた。


「いいんですか?こんなに」

「大した額じゃないだろ。明日、村の毛皮売りが都に行商に出るはずだ。話は通しておくから運賃に使うといい。残った分はアンタにやる」

「どうしてこんなにしてくれるんですか?見ず知らずの俺に服も飯も、金もくれて」

「……人助けが好きな性分なんだ。気にしないでいい」


陽彩の問いに、チャールズは少し照れた様にはにかみながら答えた。

陽彩は重ね重ねお礼を言い、その日は出発に備え床に就いた。明日は日の出とともに村を出るらしい。

寝床は1つしか無かったので長椅子に寝そべり、都に思いを馳せ目を閉じた。

次回、OTNTNとおキンタマが大きい主人公が服を着て都会に行きます。

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