20
重い引き戸。ソファーのようなレザーとキルティング。ゆっくりと引くと、にぎやかな声が一斉に広がる。一番奥の見える二人。知らない誰かと談笑し合う屈託のない表情。想像していた結婚式の余興とかなり合致する。自分の隣に誰かいる。ふと視線が動く。自分と大して背の変わらない制服姿の女の子。その女の子の顔立ちと、奥に見える女性の表情が合致する。
え?
瞼が開き、その明るさに目を細める。身体が軋む感覚。肩甲骨を回し、両手の指を組んで上に伸びる。そのまま身体を左右に回すと、骨がバキバキと鳴った。首がいてーな、と首を左右に傾けていると、すぐ後ろのベンチに足を組んで座っている人物と目が合った。瞳の奥に吸い込まれる。
朝から漂うウィスキーの香り。父親の喧噪が表情に募る。スウェット姿の父親に手首を掴まれる。どうか神様。今日だけは許してください。何でもいい。何でもしてきた。だからこの右手のカッターの切っ先をどうか忌まわしきこの男の身体に――鈍い音がした。私は座っている。視界が朧気だ。意識ももうろうとしているのかな。頭が痛い。当たり所がよかったのかもな。髪の毛をかき上げるのも億劫だなあ。弟はきっと、私みたいに愚かなことはしない。どれだけ苦しんでも、ちゃんと耐えて、そうやって大人みたいにふるまえる子だから。ああ自慢だよ。ブラコンって言われてもいいや。最後に弟と一緒に。見えない。どこ? でも温かい。きっといるんだよね。とどめでも刺してくれてたりして。それはそれで嬉しい。もう私、死ぬのかな――ああ、私、泣いてるんだあ。ねえ、ねえってば。
お兄ちゃんの懐って温かい。ずっと胸の中に顔うずめていたい。私、全部知ってるよ。全部わかってるから。お兄ちゃんが、ごめんな、って今みたいに笑ってくれる理由も、お母さんが何も言わない理由も、全部わかってる。お兄ちゃんってさ、いつもそうだよね。でも私はそれでいい。お兄ちゃんが私のことを考えてくれたんだって、すっごくわかるから。わかるんだよ。姉弟は。兄妹だから。血は縛りじゃない。繋がり。だから、もういいよ。でも、一回ぐらい、一回ぐらいレイって呼んで欲しかったな。恥ずかしかったんでしょ? 妹と一緒にお風呂入っちゃったもんね。お見通しだから。
夢――彼女たちの未来――ここはどこだ。披露宴会場に戻っている。輪郭の乏しい喧噪の披露宴会場から、人の姿が薄っすらと消えていく。ステンドガラス。敷き詰められた花。ここは――挙式会場。違う。がらんどう。祭壇に続くレッドカーペットが敷かれていてもおかしくない通路。脇には花が敷き詰められている。泥棒のように何かを探す四足歩行の少年。家中の引き出しを開けまくるかのように、花を見境なくかき分けて、何かを探している少年。
「枯れた……花……」
「自由ってのはな、制限あっての自由なんだ。何でもありの自由はもはや自由なんかではない。本来思い描くべき、優雅で、希望やロマンに満ち、隔てるもののない視野の中で、目を輝かせ、口元を綻ばせ、悠々と歩み出すようなそれではない。自由、という概念そのものに縛られている」
よく考えて行動しろっていうけど、結局その立場になって見ないとさ、本当の意味で死んでからじゃないと死んだ後のことがわからないのと同じようにわからないんだよな。だから殺人と呼ばれないように僕は
お前は拓朗だって言ってるのに、拓朗は別にいるって聞かないんだぜ。
アノミー的自殺への抵抗 自由が故に何かを追いかけることを脅迫され、追いかけ、負け、妄想、呆れ、でもやっぱり夢見、叶わない負け癖だけが積もり、虚無的に、夜に、ベランダに、ベッドの上に、布団の雫
もう利便性はいいよ。生きられなくなる。
あいつが見てんのは死人の記憶さ。
多重人格――この人格はどこから現れた――水子の未来から
あたしたちは病気だった。寺で寝る母親 獄中にいる妹。
私がやり残したこと。瀬尾くんを生かすために鍵を閉め、数日後に控えた嘗て初恋の人の結婚式。それは十二年後の私。相当馬鹿らしい。愛してくれていた人に気づかず、ましてや殺すなんて。雑誌の日付だけが掏り替わる。
灰の行方
灰化粧
噴火の前触れ
一緒に苦しもうぜ
選択 恋人か夢か、別れた数年後に再び――
なんでこんなに頭から離れないんだ。二人の写真を見てからだ。彼が決めたことなんだから俺がどうこうするのは烏滸がましい。なのに、二人が年老いた姿で一緒にいる未来を見てしまう。なんで? 他人だろ。他人にどうしてそこまで――
昔の僕なら言っていたかもしれない
でも今の俺にはもう言うこたあできない
枯れない花は枯れることはないんだおい。
女は若くなくちゃならない 女らしくいなきゃならない 年老いてはいけない
腰の曲がった姿が見たい 遠回しじゃなくはっきり言う辺りが 老けたことにさえ気づかない時の流れに
必要悪 発砲美人になれない 武器の作り方 妹 詐欺グループ 全部知ってた 必要悪って知ってる? よくお兄ちゃんが言ってたらしい
互いに老けたねって頬の皴を
多分俺はまだ死なないだって
なんだ、全然変わってないじゃない
周作は獄中にいる 多重人格の誰かがやった罪でね
この痛みは誰のもの 痛みだけがわたしを生かしてくれる
アノミーの獄中
感情に花みたいに色があったら 咲いたら 萎れたら 枯れたら
「ねえ。わかってよ。」
無機質なキャンパス。大人たちの黄色い声。グレー色のつなぎ姿の群れ。ぽつぽつと各々の時間を過ごす――花。
人が、花に姿を変えた。背もたれのないベンチから、高い塀で囲われた向こうを、周作は眺めていた。




