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ラフネの造花  作者: 面映唯
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14

 組まれていたシフトを消化し終えた夕夏は、スマートフォンを買い替えに行った。SNSのアカウントを作成した。次の日には、自宅アパートよりも立派で、綺麗な部屋で、煙草を吸っていた。薄暗い部屋。セミダブルのベッドの上、仰向けに横たわる中年の腹は膨らんでいる。


 窓際にあった丸テーブルと椅子。椅子に座り、膝を組み、口から吐き出される煙を通して眺めていた。男の吸い殻が灰皿に一本。行為を始める前に吸われたものだ。無性に自分が可哀想な人間に思えてならなかった。だから手を伸ばした。黄色いパッケージに鳥のようなロゴが描かれていた。初めて吸った煙草はあまりにも不味かった。パッケージの黄色、甘い葉っぱの匂い、フィルターの茶色、使い込まれたジッポライター、それらから連想される味とは程遠かった。


 二、三口吸った後、灰皿に煙草の先端を擦り付けた。しばらく座りながらジッポライターをいじった。煙草に手が伸びた。咥えてみる。右手でジッポライターを持ち、左手で蓋を開けた。火が灯る。そして煙草の先端を燃やした。


 やはり、不味かった。当然のように(むせ)た。しかし、先ほどに比べればましになった気がしなくもない。太ももが全体的にじんじんする。この痛みも次には消えているのだろう。次には悦楽へと変わるのだろう。変わったとき、自分はヘビースモーカーになっているのだろう。


 ふと、窓の外に視線をやった。人が小さい。ビルが低い。ただそれだけのことなのに、自分でここに来たのに、周りの皆が自分から離れていったように思えた。


「愛されたい……」


 人間だから。性欲などない、だが交わりたい。人間だから。優しく抱かれたい、そっと髪を撫でてほしい、髪を手櫛でとかしてほしい、うなじにキスをしてほしい。


 ぜんぶ自分が人間だから。


 頭では欲しくはないはずなのに、身体が欲している。人間という概念に自分の身体が支配されている感覚。


 鬱陶しい。


 余計なものはいらない。


 感謝と己の自由は別物。


 彼女がいるだけで自分が縛られる。


 介助してあげたくないとは思わない。


 介助してあげたいとは思わない。


 介助したいと思わない。


 でもしなければならない。人は自由だ。でもするのが当然の行為とされる矛盾。ある程度の枠組みの中で活かされる自由。それは自由? それとも縛り?


 自由だよ。


 祖母の介助がボランティアに思えた瞬間、夕夏の脳内をつかさどったのは早朝、幾度となく見た祖母の寝顔。有難いとは思う。でも、愛おしいと思ったことはない。祖母の娘は自分と弟を残して蒸発した。あの人のせいで結婚に意味を見出せなくなった。子どもを産みたいと思えなくなった。望んではいないことをすべて母親のせいにした。


 ぜんぶ母親のせい。人間の普遍的思考と欲求のせい。


 そっとホテルを抜け出し、アパートに戻ると弟は寝ていた。奥のワンルームに入り、祖母の寝顔が映った――何をしたかは覚えていない。何かをしたのは確実だったが、詳細は覚えていない。多分、首を絞めた。


 そして、引っ越した。比較して弟の寝顔が愛おしかったから。


 それだけで人を殺してはいけないというのなら、いっそ祖母が酒乱で暴力を振るう人であれば良かった。虐待はずるい。病気だってずるい。暴力という言葉がこれほどまでに欲しい欲しいと思えてしまうなんて。暴力、虐待、病気、そういう言葉に妬みを抱くなんて。


「仕方ないよ」


 そう言ってくれる人がいる気がして。



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