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ラフネの造花  作者: 面映唯
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 長い遊歩道も終わりを告げようとしている。後ろを振り返れば、だいぶ下のほうで黒点が動いているのを視認できる。


 階段を一段一段上るたびに、口元から吐息が漏れた。しかしそれもあと数十段で終わる。見上げれば、摩天楼の先端近くに階段は続いていた。


 一歩一歩踏み占める。まるでエンドロール。刻々と近づく終焉へのカウントダウン。ここまで来る途中に思ったことだ。摩天楼に行きたい、という安易な考えでこの階段を下り、上ってきたが、摩天楼に到着した後どうすればいいのか、そこまでは考えていなかったのだ。全く未知のものと対峙する際、いくら下準備をしたとしても大概予想外のことが起こる。そのときは……そのときだ。


 そもそも、生きることに意味を見出せる側の人間ではない。意味など見出さなくとも、好きなことを自然と見つけて生きていける人間でもない。好きなことなどなく、三十を過ぎ、なんとなく結婚して、愛を育んで、家族のために家庭を支えなければならないという状況に置かれる人間でもない。


 よっぽど楽だったはずだ。当たり前のように恋人を作り、当たり前のように友人と遊び、当たり前のように人生設計が組み立てられ、当たり前のように物事が進んでいく、それら物事について疑わずに生きていけたのなら。理想の選択肢を求めようとしなければ。吟味する性格でなければ。


 だからそのときは、心おきなく死ねる。


 死ぬのは怖い。


 だが、生きるほうがよっぽど辛い。


 ここはそういう世界だ。


 自分の脳を騙せるほど、勉学に励んでこなかった。努力もしたことがない。努力してまで、何かを犠牲にしてまで、何かを手に入れたいと思わない。生まれてこの方頑張った試しがない。


 死んでもいい。それは選択の幅を増やした。死を目の当たりにして、恐怖を目の当たりにして、逃げないというのならば、それもまた好敵手。


 死は怖くない。怖いのは逃げない己自身だ。


 摩天楼の鉄扉に額を当てた。その冷たさが、息の上がった体には心地よい。右手で重い鉄扉を押した。鈍い音を立てながら扉は開いた。


 手を放すと鉄扉は再び鈍い音を立て、半自動ドアのように閉まった。


 内装は、殺風景。テナントの空き部屋のように大したことはなかった。「まあこんなものだよな」先程見た美しい景色たちがすごすぎただけで、これが普通だ。あのときは美しさを期待していなかった。期待するのはよくない。期待すると、しすぎると、想像が飛躍しすぎて本来の美しさに気づけなくなるものだ。


 建設されてそのままなのだろうか、鉄筋コンクリートがむき出しになっている。本来窓があるべきはずのところに窓はなく、ただ四角い穴が開いているだけだった。フロントガラス、窓ガラスのない車のようだった。円形のこの空間には中央に丸テーブルが一つあるだけで、ほかには何も見当たらなかった。


 唯一この部屋にある丸テーブルへと近寄った。テーブルの上には大手新聞社の新聞が一部置いてあった。令和二年十一月十三日朝刊。何の変哲もない新聞。ぺらぺらとめくるが特に目に留まる記事は見当たらない。


 ぺらぺらとめくり終え、一番裏のテレビ欄までたどり着いた。まさか……テレビ欄に何か小細工が――仮にあったとしても気づける頭を持ち得ていない。もう一度じっくり読みなおそうと新聞をひっくり返して、一面を眺める。眺めながらふと思った。追っ手はどうなったのだろうかと。


 鉄扉へと視線を泳がせる。そのときギギギと音が鳴った。数秒して扉は開き、そして閉まった。扉の前に立って居るのは恐らく男。男はスーツ姿のようだった。自分の元へ、ゆっくり歩み寄ってくる。


 目をこすった。そうしてもう一度その男の姿身なりを見た。歩み寄ってきた男は自分の前まで来ると歩みを止めた。


「ゲームオーバーだ」


 瓜二つだった。


 口元。表情。なぜかわからないが、自分と同じだと否応に感じる。何よりこの人の眼は――何度見たかわからないその眼。歯を磨くときも、帰宅して手を洗うときも――弟と祖母が寝静まった後、一人泣いたときも、無理に口角を引っ張ってみたときも。学校で友達が録画した動画を見た際のことが思い出される。映っていた自分は笑っていた。


 男の姿が女へと変わっていく。


 自分の顔を自分で見ることはできない。


 でもきっと今、私は女の顔をしている。


 まるで、自分の前で自分が笑っているみたいだった。




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