大晦日のバイト終わり。好きな先輩とタバコを吸いながら
「はぁ、だり」
「ふぅー・・・ほんとに」
バイト終わり。
着替え終わった後、こうして客席でタバコを吸うのが俺たちのナイトルーティンだ。
特に営業内容を振り返る訳でも、楽しくウキウキ世間話をする訳でもない。タバコが吸いたくて吸いたくて、家に帰るまで吸いダメしてる訳でもない。ただの惰性だ。
床掃除をした後特有の、1日分のゴミ臭を纏った湿っぽい空間なんて1秒でもいたくないはずなのに。
「おぅ、お前ら!悪りぃけど、先帰るぞ!」
「うぃーす。帰ったら何するんです?」
「ハハハ!別に何もしねぇよ!しょうもない特番見ながら酒飲んで寝るだけさ!じゃあな!」
返事をしようとタバコを口から離した時には、もう既に店長の姿は見えなくなっていた。仕事中のどの瞬間よりも帰る時が一番キラキラしている。別に急いで家に帰ったところで愛しの妻や子供が待っている訳でもあるまいに。
40も過ぎて独身実家暮らし。趣味はパチンコと酒。朗らかで良い人だとは思うが、こんな風にはなりたくない。常々そう思っていた。今だってそう。もう少し空気読んで・・・
「あ、そうだ!」
「うわ!!ビックリしたぁ〜・・・なんすか?」
「良平!柑奈!・・・あけおめ!!」
「あ、あけおめっす・・・笑」
言い終わる頃には、またしても居なくなっていた。
「何アレ笑」
「そうっすね、わざわざ笑 あ、でもそういえば俺も言えて無かったっす。柑奈さん、あけおめです。今年もよろしくお願いします。」
「あけおめー。今年って言っても、あと3ヶ月だけどね笑」
吸い終わったタバコを灰皿に押し付けながら、どこか物寂しげに柑奈さんは答えた。
こんな時、モテる男なら気の利いた言葉がサッと出てくるのだろう。何も思い浮かばず愛想笑いすることしか出来ない自分が本当に嫌になる。
「・・・・・実家には帰らなくて良かったんですか?」
「うん、だって春には帰るんだからさ。今帰っても交通費無駄じゃない?笑 それなら残りの東京生活、思い出づくりに使いたいわ」
「ハハ、確かに・・・」
またしても。
何も気を利かせられないのに、自己満足でただ話しかけてしまう。
そうこうしてるうちに、柑奈さんは雑に置かれていたダウンを羽織り、カバンから出したくしゃくしゃのニット帽を深目に被った。バイト用の地味な服装とは対照的に、透き通る綺麗な白肌と、就活が終わって最後のハメ外しと言って染めた輝くブロンドヘアーにいつも見惚れていた。
お互い同じように汗かいて仕事終わりにタバコ吸っているのに、なんで柑奈さんはこんなにも良い匂いがするんだ。世の中不平等だと文句を垂れつつも、そのおかげで今こうして特別な時間を過ごせていることに感謝もしている。
「・・・もう1本良い?」
「え?も、もちろんすけど・・・珍しいすね」
「良いじゃん、たまには笑」
「そうすね。じゃあ、俺も・・・」
普段なら完全に戸締りをして帰る流れだった。本当にただの気まぐれなのか、それとも他に意図があってのことなのか・・・
色んな思惑が交錯しつつも、ひとまずはもう1本タバコを吸っていけることが嬉しかった。
「ふぅーーー。うまいっすね」
「そう?笑 別にいつもと一緒だけど」
言葉と表情と行動が全てちぐはぐで、彼女はもしや全てを理解した上で俺を弄んでいるんじゃないか。そんなお粗末な妄想を考えるほどに、俺の心は揺らいでいた。
彼女の真意は分からないが、1つ間違い無いのは、これはチャンスだということ。今誘わないでいつ誘うんだ。誘わないと、とにかく自然に、自然を意識して・・・
「・・・ふぅ。じゃあ、行こっか」
「え?!あ、はい!」
いつの間にかタバコは吸い終わっていて、せっかくのボーナスタイムに何を話したのか全然記憶にない。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
立ち上がりながら寂しそうに呟いた柑奈さんを見て、ようやく俺は自分の過ちに気がついた。記憶に無いのは当たり前だ。何も話してないのだ。自分のことで精一杯で黙りこくっていたために、自分はただ真剣なだけだったのだが、それも側から見ると不機嫌そうに映ったのかもしれない。それで「ごめんね」・・・
「よし、OK。うぅ・・・寒いねぇ〜・・・」
「そうっすね・・・」
血の気が引いたせいか、余計に寒く感じる。このまま、結局また何も出来ずに俺は・・・
「はぁ・・・人多いんだろうなぁ」
彼女が言ったのは帰りの電車の話だろう。だが、追い詰められていた俺にはその言葉が最後のチャンスに聞こえた。もうダメ元で、勢いで言うしかない。この流れなら・・・!
「あ、あの!柑奈さん!」
「ん?」
「そ、その・・・もし、柑奈さんが良かったらなんですけど・・・・・」
今思い起こせば俺の勘違いだったかもしれない。すごく緊張していたのと、寒過ぎて震えていたから。それに口元はマフラーで隠れていたし。でも心なしか口元が緩んでいるように見えた柑奈さんに最後の後押しをもらい
「初詣・・・今から行きません?」
柑奈さんは、寒さを堪えるように体をよじらせながらとびっきりの笑顔で答えてくれた。
「えー、仕方ないな〜」
俺もつられて笑顔になった。
嬉しさよりも、無事に当初のミッションをクリアできた安堵感の方が強かった。
「じゃあ、行きましょう!寒いんで、おでんとか食べたいっすね」
「あ、いーねー!私もうお腹ペコペコなんだー!早く行こう!」
「そうだっけ?全然覚えてないわ笑」
「えー、またまた〜。そんな照れ隠ししなくて良いって笑」
「ほんとだってば!だって、もう何年前の話よ?そんな細かいこといちいち覚えていません〜笑」
口ではそう言っているが、妻の笑顔は7年前の今日と全く同じ。そしていつもの神社で俺がお願いすることもずっと変わらない。いつまでもこの幸せが続きますように、と。
初めて小説書きました。
大晦日に限らずとも、バイト終わりの一服中、今日こそ好きなあの子を誘いたい・・・でも誘えなくてともどかしい思いをされた方多いのではないでしょうか。そんな甘酸っぱい思い出を懐かしみながら読んでいただけると幸いです。ぜひご感想、ご意見お待ちしております。