エンティナ領編ー28
「あ、ああぁっ、あっぁっぁぁぁぁ」
スキル“麻痺の牙”によって脳からの命令を遮断され身体の自由を失ったセレナは言葉にならないような声を上げると、シエルに覆いかぶさるようにして倒れていった。
「セレナ様っ!」
意識を失ったセレナを抱き止めようとラフィテアは武器をかなぐり捨てると誰よりも早く彼女の元に駆けだしていた。
どうやら何とか間に合ったようだ。
スキルの発動を確認し俺はほっと胸をなでおろしたが、まだこれで終わったわけじゃなかった。
ラフィテアが駆けだすのと同時に俺はセレナの手から零れ落ちた小剣を拾い上げると、まだ何が起きたのか理解できずに呆然としているメフィストに向かって鋭い一撃をお見舞いした。
――手ごたえは、ない。
捉えたはずの彼女の姿はもう既にそこになく、振り上げた剣の先にはただ真っ二つになった黒赤色のベールがひらひらとゆっくり宙を舞っていた。
「……残念。とっても残念」
俺は声のする方に顔を傾けると、メフィストは酷くしょぼくれた様子で門の上に腰かけていた。
「ラフィテア、セレナの様子はどうだ」
「はい、今は何とか。ですが、まだ……」
「あぁ、わかってる」
メフィストに警戒しつつ、セレナの体内にある宝石を取り出さなきゃならない、それにシエルの容態もかなり悪い。
「ドワ娘! 悪いがシエルの手当てを頼む」
「わかった。任せるのじゃ」
「みんな、よろしく頼む」
幸いな事にメフィストは悔しがることにかまけて、襲ってくる様子はない。
「ラフィテア、手を貸してくれ!」
「はいっ」
セレナの防具をはぎ取るとそのままうつ伏せにした状態で腰を高く上げ、背中、そしてみぞおちを思いっきり強打する。
しかし、呻き声をあげ嘔吐するが、一向に宝石を吐き出す気配はない。
「ラック様!」
どうする、もう時間がない。
こうなったら、仕方ない。かなり乱暴な方法だがやるしかない。
「ラフィテア、彼女を仰向けにして体を押さえつけてくれ」
「どうするつもりなのですか!?」
「口から手を入れて直接取る」
「そんなこと、……わかりました」
セレナ、苦しいと思うが我慢してくれよ。
俺はセレナの顎に手を当て口から食道が真っすぐになるように高く押し上げると、出来るだけ傷付かない様に慎重に手を挿入した。
「う、ぅぅぅぇぇぇぅぅっっ!」
「セレナ様!」
暴れるセレナをラフィテアが力いっぱい押さえつけ、俺はゆっくりと手を入れていく。
すでに前腕部分まで入り、もう少しで肘の辺りに到達しようとしていた。
セレナの喉は異様に膨れ上がり、呼吸できなくなった彼女は手を必死にばたつかせている。
もう少し、もう少しの辛抱だ。
数十センチほど入ったところで、小石のような固いものが手の先に触れるのを感じた。
あった、これか!
俺は人差し指と中指で何とか掴み取ると、落とさぬようゆっくり、ゆっくりと腕を引き抜いて行った。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
手には粘液にまみれた赤い宝石が黒く輝いている。
「もう、大丈夫だ」
「セレナ様、あぁ、本当に良かった」
「ラフィテア、セレナの腕の傷を手当てしてやってくれ。俺は麻痺の解毒をする」
「わかりました」
“麻痺の牙”は“猛毒の針”同様、俺の調合した薬以外では完全に治す事は困難だ。
でなければ戦闘時、相手との交渉材料にはならないからな。
俺はアイテムボックスから解毒剤と水を取り出すと、セレナの口に薬を入れ、水をゆっくり流し込んでいく。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
しかし、いくらやっても彼女は薬を呑み込まず、水と一緒に吐き出してしまっていた。
仕方ない。
俺は薬と水を自分の口に含むと、セレナの口を塞ぐように自分の唇を押し上げ、強引に薬を流し込んだ。
「ラック様、な、何を」
「仕方ないだろ、薬を呑み込まないんだから」
「そ、そうですが……」
「でも、もうこれで大丈夫だ。俺の薬は直ぐに効く。麻痺はすぐ治るさ」
「腕の傷もそう深くはないようです」
「そうか、それは良かった。
ラフィテア。セレナが気付くまで彼女の傍にいてやってくれ」
「はい、わかりました。ラック様は……」
「俺は、あいつに用があるからな」
俺は地面に落ちた二本の短剣を拾い上げると、門上に腰かける赤髪の占い師の前に立ち、その刃を突き付けた。




