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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第六章

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エンティナ領編ー27







 彼女を救うべく三方向から放たれる無数の斬撃。



 セレナの正面に立つシエルの剣は幾重にも飛燕の弧を描き、互いの剣がぶつかる度に小さな火花を散らす。


 かつてないほど激しい剣の応酬。



 しかし、それでも、三人がかりの猛攻でさえ未だ剣聖には届かない。



 いや、そればかりかセレナの造った丸いクレーターの内側にさえ、そのあまりに早い剣捌きに足を踏み入れずにいる。



 くっ、このままじゃ……。



 最悪の結末が頭を過ったその刹那、生暖かい血が俺の頬を僅かに掠めた。



 老齢の剣士はセレナの剣に臆すること無く一歩、一歩と前に足を進めていく。



セレナとの距離が縮まるほど彼女の描く剣筋を見極めるのはより困難となり、鋭い切っ先は容赦なく体中を切り裂いてく。



「シエル様ッ!」

 

 だが、それでもシエルは一歩も引くことなく歩みを進め、剣先に付いた赤い血が剣を振る度にしぶきとなって周囲を赤く染めていく。



 「セレナ様、セレナッ! もう、もう、やめてぇぇぇぇ!」



 ラフィテアの懇願も甲斐なく、セレナの剣は確実にシエロの命を蝕んでいく。



 ――そして


 

 ついにはシエルの命を繋ぎ止めていた剣も彼女の猛攻に耐え切れず、刀身ごと二つに折られ足元に転がり落ちていった。



 風前の灯。



 剣聖を前に剣を失った老齢の騎士。



 だが、それでもシエルは決して立ち止まることはなかった。




 「セレナ様をどうかよろしくお願いいたします」



  俺の耳には確かにそう聞こえた。



 次の瞬間――




 「シエルゥゥォォッ!」




 俺の叫びも虚しくセレナの剣は無慈悲にもシエルの身体を深く貫いていた。



 シエルの手から零れ落ちた剣。



 身体を伝い剣先からぽたぽたとしたたり落ちる紅血。



 ラフィテアと俺の中に訪れた絶望。



 だが、目の前の男はそれでもなお決して諦めることはなかった。



 シエルは突き刺さった剣など一切構うことなく傷付き赤く染まった両腕でセレナを力強く抱きしめていた。



 両腕を封じられたセレナは剣を更に深く突き刺し何とか振り解こうとするが、それでもシエルの手は緩むことはなかった。



 やるなら今しかない。



 シエルが託してくれた最後の好機。



 絶対に無駄にするわけにはいかないんだよっ!




 身動きを失い藻掻くセレナに放った渾身の一撃。



 王国最強の騎士。


 剣聖にして白い閃光の異名を持つ彼女をついに、ついに捉える事に成功した、










 ……はずだった。



 「――残念。


あと、もう少しだったわね」



 「なっ!」



 セレナまであと数センチ、いや数ミリの所で俺の刃は止まっていた。



 気配は感じなかった。


 いや、直前まで確実に門の上にいたはずだ。


 なのに今、目の前で俺の短剣を止めた。


 それも人差し指たった一本で、剣先を止めやがった。




 「くっ! メフィスト! お前、手を出さないんじゃなかったのかっ!」



 「うふふっ、オルメヴィーラの領主様。その怒った顔とても素敵よ」


 「うるさい!」


 「私の言葉、忘れちゃったのかしら? 私言ったわよね、約束は違える為にあるものなの」


 「くそがっ!」


 「あぁ、いいわぁ。すごくいい。まるで夢見心地。……でも、そろそろこの舞台も終演の時間かしら」


 「シエル様!」



 懸命にセレナを抑えていたシエロだったが、流れ出る大量の血に意識を失い両腕は力なくだらんと垂れさがり、ついには音を立て膝から崩れ落ちてしまった。


 

 剣を引き抜いたセレナは呻き伏すシエロを容赦なく蹴とばすと土埃と血にまみれた男に向かって剣を振り上げた。



 「やめろ、やめるんだ、セレナ!」



 「ふふふっ、幾ら叫んだって無駄、無駄よ。あの娘は私のいう事しか聞かないもの」



 くそっ、セレナさえ止められていれば……。



 もう、手はないのか! 


 なにか、なにか無いのか!



 「役者がいなくなったら、もう舞台は続けられないの」



 なにか、なにかあるはずだ!



 

 ――あれは!?




 「大切なものが大切なものの前で大切なものの手によってその命を奪われる。あぁ、いい、いいわぁ。さぁ、早く殺して頂戴」



 くっ、間に合うか!


 

 俺は咄嗟に右に大きく踏み込むと両手に持っていた短剣をセレナに向かって力の限り投げつけた。



 「折角いい所なのに邪魔しないで欲しいわ。まぁ、何をやっても結末は変わらないのだけれど」



 そんな事はやってみなきゃ、最後まで分からないだろ!



 セレナに向かって放られた二本の短剣はいとも簡単に打ち払われ、虚しく地面に転がり落ちてしまった。

 

 「だから言ったのに」



 いまの攻撃でセレナを止められるなんて微塵も思っちゃいないさ。



 けど、数秒、いやコンマ数秒彼女の剣を遅らせられればそれでいい。


 


 頭からセレナの右正面に滑り込んだ俺は何もないはずの地面の砂を掴むと、セレナが剣を振り下ろすよりも一瞬早く全身の力を込め逆方向に両腕をふり抜いた。



 間に合え! 



 間に合ぇぇぇぇぇぇぇ!



 




 肉を切り裂く音、そしてラフィテアの悲鳴と共に訪れた無音の世界。


 

 破裂しそうなほどの鼓動を抑えながらゆっくり振り向くと、そこには微動だにせず立ち尽くすセレナの姿があった。



 セレナの背後で姿を消し隠れていたメフィストに向かって投擲した小さな短剣。



 その小さな短剣の柄に結ばれ偶然にも解けていた透明な糸に導かれ、それはセレナの左腕に深く突き刺さっていた。


 





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