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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第六章

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エンティナ領編ー26






 「はぁ、はぁ、はぁ」



 少年は額から滴る汗を袖で拭い乱れた息を整えると、再び木刀を構え休む事無くひたすらに打ち込んでいく。


 

 後ろでその様子を見ていた少女も少年に負けじと打ち込みに参戦していく。



 男は左手に木刀を構え右手は腰の後ろに当てたまま、いとも簡単に二人の剣をいなしていく。



 もうかれこれ一時間、剣の修行は続いている。



 「そろそろ、休憩に致しましょうか」



 男の声に少女はすぐさま剣を降ろしたが、少年はというとこの一時間、男から一本も取れなかったことが悔しいのか一向に剣と止めようとはしなかった。



 「オバロ様、一旦休憩に致しましょう」


 「嫌だね! シエルから一本、ううん、せめて両手を使わせるまで僕は止めない!」


 「その気持ち大変立派ではございますが、オバロ様がこのシエルから一本取るなど数年早うございます」



 そう言うとシエルは木刀を右手に持ち替えると、少し力を込めオバロの握っていた木刀を軽々と弾き飛ばしてしまった。



 「あぁ、くそっ」



 木刀を失い尻餅をついたオバロはそのまま地面に倒れ込むと悔しそうに天を仰いでいた。



 「シエルはなんでそんなに強いんだ?」


 「わたしが強い? いえいえ、とんでもない。わたしの剣など取るに足りません」


 「そうなの?」



 「はい、セレナ様。この国を守る剣聖の方に比べれば赤子同然でございます。わたしが束になってかかったとしても敵う相手ではございません」



 「この世界にはそんなに強い奴がいるのか」


 「そうですね。その方たちのおかげで今もこうしてこの国の平和は守られているのです」


 「そうか。やっぱり父様もシエロより強いのか?」



 「はっはっはっ」



 「な、なにがそんなにおかしいんだよ」


 「いえ、申し訳ございません。もちろんでございます。わたくしなどあの方の足元にも及びません」


 「そんなに父様は強いんだ」


 「はい、もちろん」



 オバロはその返答を聞いてなぜか自分の事の様に嬉しそうに笑っていた。 



 「ロメオ様は剣聖の中の剣聖。かつて剣王とまで呼ばれたお方。いまは現役を退いてはいますが、ロメオ様こそ最強。わたしは今でもそう思っております」



 「そっか。僕も父様みたいに強くなれるといいな」


 「オバロ様なら必ずや強くなれます。このシエロが保証しましょう」


 「本当か!?」


 「はい、でもその為には今よりもっともっと厳しい訓練を積まなければなりませんよ」


 「わかってる。強くなる為だったらどんなことだって頑張るさ、なぁセレナ?」


 


 「わたしは……」



 「なんだ、ハッキリしないな。セレナは父様みたいになりたくないのか?」


 「そうじゃないけど、わたしあまり剣が好きじゃないから」

  

 「なんだよ、それ」



 「だって、剣で斬られれば痛いから」


 「そんなの当たり前だろ。そんな事言ってたらいつか魔族に殺されちゃうぞ。いいのか?」


 「それは、嫌だけど、でも痛いのもイヤ。傷つけるのも傷つけられるのもイヤ。だから剣はあまり好きじゃない」


 「なんかセレナの言っていることは良くわからないな」



 「……シエル、私って変なのかな?」



 「そんな事はございません」



 シエルはセレナの隣に腰を降ろすと優しく頭を撫でて見せた。

 


 「わたしも誰かを傷つけることは好きではありません。きっと誰しもがそう思っているでしょう」


 「なら、なぜみんな剣を振るうの?」


 「そうですね。とても難しい質問ですが、大切な人を守る為、でしょうか」


 「大切な人を?」


 「はい」



 「この世界には様々な種族の者たちが暮らしています。エルフに、ドワーフ、獣人に、我々人間、そして魔族。それぞれの種族は種の繁栄の為、安全で恵まれた土地を求めその生活圏を広げようとします。それはつまりこの世界に限りがある以上、いつか種族間で世界をめぐりぶつかり合う事を意味しております」


 「だから剣が必要なの? 話し合いでは解決できないの?」


 「勿論話し合いで解決することもあるでしょう。現に獣人やエルフ、一部のドワーフなどとは共存できています。しかし同じ人間でさえ国や領地が違うだけで対立するのに、まして種族が違うとなればそこには話し合いでは到底解決できない問題が生まれるのです」


 

 「そう、なのね」



 「はい、残念ながらこればかりはどうしようもありません。獣が生きていくために人間を襲い喰らうように、その権利を他人がどうこう出来るものではないのです」


 

 「……だから僕たちは剣を持って自分たちを守らなきゃならないんだ」


 

 さっきまで寝ころんでいたはずのオバロはいつの間にか立ち上がると、転がり落ちた木刀を拾い上げると、休憩を辞め再び剣を振るい始めた。



 「セレナ様、剣は確かに相手を傷つけるものです。ですがわたしはこの剣が誰かを守るためにこの世に生まれた物だと、そう思っています」



 「守るため」



 「そうです。要は剣を持つ者の心構え次第なのです。この世に人が生きている限り争いは決してなくなりません。力ある物が武器を手にすれば理不尽な暴力によって命を落とす者もいるでしょう。ですが、セレナ様が誰よりもお強くなれば、その手からご自身の身や大切な人をきっと守ることが出来るはずです」


 「シエルには大切なものはあるの?」


 「当然あります」


 「それがなにか聞いてもいいかしら?」

 

 「ええ。わたしにとって大切なものはこのエンティナ領に住まうすべての人たちです」


 「それは父様や私たちも?」


 「もちろん。わたしはお二人を守るためなら、この命を賭けて剣を振るうでしょう」


 「僕もセレナや父様、シエルを守るために強くなる!」


 「はっはっはっ、それは頼もしい限りです」


 「だからセレナも一緒に頑張ろうぜ」

 

 「……うん、わかった」


 「セレナ様。セレナ様は非常に優しいお方です。これから先、何があったとしても今のその気持ちを忘れずにいてください」



 「わかった。シエル、ありがとう」



 セレナは再び剣を握ると今度は晴れやかな顔でオバロの元へ駆けて行った。


  



 見上げれば小さな雪がひらひらと舞い落ちる。ふと見下ろせば一粒の大きな涙が彼女の頬に沿ってゆっくり流れ落ち、そして儚く消えていく。



 腹部を深く貫かれたシエルはさっと剣を手放すと、セレナをきつく抱きしめ優しく頭撫でた。


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