エンティナ領編ー19
「みんな、魔鉱石を――!」
照明弾のごとく強烈な光に一瞬硬直していた者たちも即座に我に返ると、ミストの魔法が刻印された残り僅かな魔鉱石をありったけ敵兵団へと投げつけた。
時折風すさぶ晴れた日の冬の小丘。
周囲を覆うほどの濃い霧もあっという間に雲の彼方に連れ去られてしまう。
相手の視覚を奪うための魔法にとってこれほど適さない状況はないだろう。
だが、ほんの数分、いや数十秒相手の動きを封じることが出来ればそれで十分だった。
ミスト発動と同時に小刻みに震えだす広陵の大地。
霧にまぎれた俺たちはエンティナ兵に背を向けると武器を降ろし一斉に頂上へと死に物狂いで駆け上がっていった。
眩い閃光と周囲を覆う濃い霧に戸惑うエンティナ兵、さらに追い打ちをかけるように激しい揺れが襲い掛かる。
しかし、たかが地震ごときであと一歩まで追い詰めた相手を見逃すほど彼らも馬鹿ではない。
霧の隙間から逃げ惑う標的の後姿を確認すると、彼らは我先にと残党兵を蹴散らすべく狂瀾怒涛のように押し寄せてきた。
彼らがあとほんのわずかでも早く行動を起こせば……、いや、冷静さを保ちその場に留まり警戒を怠らなければ、結果は変わっていたのかもしれない。
しかし幸か不幸か、その荒波が俺たちの元に辿り着くことは永遠になかった。
はじめは気付かぬほどの小さな揺れも、次第にその波は大きくなり、そしてエンティナ兵が瀕死の獲物にとどめを刺そうと群がるハイエナの様に堰を切って大挙し押し寄せると、それが引き金になったのか突如地面はひび割れ、大地は轟音を立て大きく沈み、遂には彼らを丸ごと呑み込んでしまった。
地盤崩落―クラプスグラウンド―
これはかつてドワ娘が使った局所的に小さな地盤の崩落を起こす魔法だ。
だが、今回のものはまるで桁が違う。
そう、これは天変地異。
村一つ、いや丸々街一つ分が轟然たる音を立て崩落したのだ。
ある者は底が見えない程暗く深い地面に叩きつけられ、ある者は何気なく踏みつけられた蟻の様に大岩に潰され、そしてある者は空から降り落ちる土砂の生き埋めとなった。
崩落はまさに一瞬の出来事であり、巨大な穴は驚くほど静かで、時折岩の崩れ落ちる音以外、誰の悲鳴も虫の息さえ聞こえてこなかった。
こうして圧倒的に不利かと思われたエンティナ兵との戦いは実にあっけなく、エンティナ兵たちにとっては一番悲惨な形で幕を閉じた。
「――折角勝ったというのに、すっきりせん顔をしておるの」
変わり果てた小丘を前にしばらく佇んでいると、ドワ娘がおもむろに話しかけてきた。
「まぁな。……勝ちはしたけど、多くの人間が犠牲になった」
ドワ娘の秘策のおかげで俺たちは辛くも彼らに勝利することが出来た。
もし、この地盤崩落がなければ地に伏していたのは間違いなく俺達だっただろう。
「――その策ってのは一体何なんだ?」
「それはじゃな。エンティナ兵どもをこの地に誘い込み、地面を丸ごと崩落させ一網打尽にするのじゃ」
「一網打尽って、相手は3千の大軍だぞ。どれだけの広範囲を崩落させなきゃならないと思ってるんだ」
「そうじゃな。この小丘一帯くらいの広さがあれば十分じゃろ」
「おい、簡単に言うけど、小さな街くらいの広さはあるんだぞ。一体どうやってやるんだよ。……まさかドワ娘、お前の魔法で」
「まさか! 神でもあるまいし、幼気な少女がそんな大形な事出来ると思っておるのか?」
「じゃ、どうするって言うんだよ」
「別にわれらが特別何かする必要はないのじゃ」
「は? どういう事だよ。分かるようにちゃんと説明してくれ」
「なに至極簡単な事じゃよ。この小丘の地下には巨大な地下空間が広がっておっての、かつては豊かな地下水をそれは豊富に湛えておったのじゃ」
「地下水?」
「そうじゃ。じゃが、ある時を境になぜかこの地の地下水は徐々に減っていき、今ではすっかり何もないただの大きな地下空洞になってしまったのじゃ」
「……おい、それって」
「そう、そういう事じゃ。おぬしと二人でオルメヴィーラ領に地下水を引くためにあちこち回って水脈の流れを変えたじゃろ。その時の影響でこの地の地下水は完全に干上がってしまい地盤は酷く脆くなっておるのじゃ」
「その場所がこの小丘だって言うのか?」
「そうじゃ」
確かにあの時ドワ娘はそんな話をしていた。
ただ、どの場所が危険かはまだその時は分かっておらず、それからドワ娘から何の報告も受けてはいなかった。
「けど、そんな都合よく崩落が起きるのか?」
「だから神のみぞ知る賭けだと、そう言ったではないか」
「確かにそうだけど……」
「じゃが、可能性がゼロという訳ではないぞ。今さっき地下の様子を調べてみたが、やはり地盤は脆くなっておる。何かきっかけがあれば、この周囲一帯はあっという間に崩れ落ちるじゃろ」
「もし一気に数千人規模の兵士がこの丘に密集すれば……」
「そういう事じゃ。言うほど無謀な策とも言えないじゃろ?」
――そして彼女の思惑通りこの小丘は彼らの永遠の寝床となった。
「戦いとはそう言うものじゃろ?」
「そうだな、それはわかってる。分かってはいるけど、だからって直ぐに受け入れられるものじゃない。それがたとえ敵だったとしてもな」
「そう、じゃな。じゃがおぬしが深く気に病むことはない。やらなければこちらがやられておったのじゃ」
「あぁ、それもわかってる」
頭では、理屈では分かっている、だが、それでもなお人が死ねば心は苦しい。
「――かの者たちの魂は女神様が救ってくださる。身体はやがて土に還り、やがては新しい命を与えられ再びこの地に生を受けるじゃ」
「……そっか」
「だから、そう気にするでない。それにまだこの戦いは終わっておらぬのじゃろ?」
「そうだな」
王国の領主同士とは言え、なんの布告もなしにオルメヴィーラ領に無断で攻め込み、多大な犠牲が出てしまった。
こうなってはオルメヴィーラ領を守るためにオバロ・ベータグラムにはそれ相応の報いを受けてもらわなければならない。
待っていろよ、オバロ・ベータグラム。
この借りはお前の思っている以上に高くついたぞ!
傷付き、疲弊した仲間と共に俺はエンティナ領主との決着をつけるべく、目下に広がる巨大な墓標に別れを告げその場を後にした。




