エンティナ領編ー16
薄明の中、静寂に包まれる小丘に到着した一行はそこから少し離れた場所に魔導帆船を停め、見放しの良い頂上に陣を築いた。
未だエンティナ兵の姿はここからは確認出来ないが、情報通りのルートを進んでいるのなら間違いなくこの場所が戦場となる。
各々が束の間の時間を過ごしている中、ドワ娘は一人その場から離れると周囲を見渡し辺りを確認すると地面に両手を付き、しばしの間目を瞑り佇んでいた。
「何をしてんだ?」
「なに。ドワーフ族は戦いの際、必ず大地に手を合わせ祈りを捧げるのじゃ。生きるも死ぬもこの大地と共に。それがわれらドワーフ族じゃからの」
「大地と共に……ね。ドワーフらしいな」
「この戦いもきっとフレイ様とフレイヤ様が勝利に導いてくださる」
「あぁ、そう願いたいな」
エンティナがオルメヴィーラ領に攻め込んでくる展開も考えていなかったこともないが、ここまで早いのは流石に想定していなかった。
今回の窮地は明らかに俺の判断ミスだろう。
なればこそ、尻ぬぐいは自分自身の手で行わなければならない。
「――おぬしは本当にオルメヴィーラ領を守りたいと思っておるのか?」
「何をいまさら。当たり前だ。それが領主の務めだろ?」
「そうか、務めか。この地の民もおぬしが領主で本当に幸せ者じゃな」
「それは、どうかわからないけどな」
「おぬしがオルメヴィーラ領の為に命を賭けるなら、わらわも婚約者としておぬしと共に務めを果たそう」
「そうか、ありがとう」
「礼など不要じゃ。わらわが好き好んでやっておることじゃしな」
「好き好んで、ね。俺も大概だが、ドワ娘、お前も相当だな」
「それは褒め言葉として受け取っておくかの」
「あぁ、そうしてくれ」
それからしばし二人の間に沈黙が流れ、顔を出した朝日に俺たち二人の影はゆっくりと麓まで伸びていった。
「――のう、この戦いおぬしは勝てると思っているのか?」
ドワ娘は突然、静寂を打ち破るように問いかけてきた。
勝てるかどうか。
もちろん勝とうと思ってなければ、一縷の望みも掴むことは出来ないだろう。
俺は確かにステータスのおかげか幸運に恵まれている。
だが、幸運のステータスってのは他の能力値に比べて非常に不確かで漠然としたものだ。
魔力が上がれば魔法の効果は目に見えて高まるであろうし、素早さが上がれば動きや回避率は格段に高くなるだろう。
それに引き換え幸運ってものは人によって捉え方や感じ方が違うものだ。
この戦いで敗れ、オルメヴィーラ領の民やラフィテアやノジカ、皆が殺されたとする。だが唯一俺一人が助かったとしよう。
傍から見れば俺はきっと幸運なのだろうが、俺にとっては不運以外に他ならない。
仮に万が一この戦いに勝ちオルメヴィーラ領が救われたとして、ドワ娘が命を落としたらそれは幸運と言えるのだろうか。
――きっと幾つもある世界線の中では幸運の部類に入るのだろう。
だがそんな未来俺は望まない。
出来れば皆が助かってほしい。
……しかし、世の中そんな上手くはいかないだろう。
一緒に戦ってくれる仲間の誰かは怪我をするし死んでしまう
そもそも、運が良いならこんな展開にはなっていなかったはずだ。
ドワ娘の問いに出た俺の答えは弱気な一言だった。
「――分からない」
「分からないか、お主にしては随分弱気な答えじゃな」
「そうかもな。いや、何とかするさ」
「何とか、か。そうじゃな。われらで何とかせねばな」
「あぁ」
だが、どうすりゃいい。俺になにが出来る。どの選択肢が最善なんだ。
「フレデリカ――」
俺が少女の真名を呼び、口を開こうとすると彼女はすっと俺の唇に人差し指を当て笑ってこう言った。
「この戦いの結末、わらわに一つ賭けてみんかの?」
「賭ける? ……どういう意味だ」
「実はとっておきの秘策があるんじゃ」
「秘策? 何だよ、それ」
「それは秘密じゃ、と言うても何も知らなければ流石に賭けにはのれんか」
「何が言いたいんだ。冗談を言っている場合じゃないんだぞ」
「秘策とは言うたが、成功するかはわらわにも断言出来ん。それに確率は五分と五分、いや間違いなくそれ以下。それこそ神のみぞ知るといった所じゃ」
神のみぞ知る、か。
分の悪い賭け、しかしそれでも今は藁をも掴まなければならない。
「……その策ってのは一体何なんだ?」
「それは――」
「本当にそんな事が可能なのか?」
「だから賭けだと言ったじゃろ? 成功するかは神様次第」
「いや、そうだけど……」
「何か他に良い作戦があるわけではないのじゃろ?」
確かにドワ娘の言う通りではある。
何の策もなく正面からぶつかれば確実に負ける。
幸運はただ降ってくるものじゃない、己で掴み取るものだ。
「どうする? わらわを信じるか?」
どうせ何もしなきゃ負けるんだ。なら、少しでも可能性がある方に駆けるに決まってる。
「――わかった。ドワ娘言う、その賭けに乗ろうじゃないか」
「決まりじゃな」
「それで、俺は何か準備した方がいいのか?」
「ミスト魔法を刻印した魔法石が余っておれば数個ばかし用意してほしいのじゃ」
「たしか幾つか予備があったはずだ。あと他に何かあるか?」
「そうじゃな。これと言って特にないのじゃが、この話は二人だけの秘密にしておいて欲しいのじゃ」
「どうして?」
「成功するかも分からない策を教えても、何のプラスにもならないじゃろ」
まぁ、そうかもな。逆に失敗した時の心理的マイナスの方が影響は大きいかもしれない。
「よいか。わらわが合図をしたら皆一斉に行動するよう、それだけを伝えるのじゃ」
「あぁ、わかった」
「もしわらわが何の合図も出さなければ、この策は失敗したと思ってよい」
「そうならない様に祈ってるよ」
「そうじゃな。まだ子供も作っておらぬのに死んではおれんからの」
「あのなぁ」
こういう状況でも変わらずにいてくれるドワ娘の存在は案外俺にとって大きいのかもしれない。
何はともあれここまできた以上、あとはみんなを信じてやるしかない。
「領主様――」
斥候の知らせと同時に地平線の彼方に薄っすらと数千の大軍がまるで蜃気楼のように浮かび上がっていた。




