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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第六章

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エンティナ領編ー14





マグレディーを追われた避難民たちがドウウィンに到着してから数日が経とうとしていた。

 

 あれからマグレディーでは目立った動きはないようだが、罪もない領民までも容赦なく殺そうとする男の事だ。


 セレナの言う通り今しばらくは神経をとがらせていた方がいいかもしれない。



 オバロの去り際の台詞。



 「――今日の所は退いてやる」




 それは裏を返せば、明日以降は分からないという事。


 セレナ一人でオバロの屋敷に向かったが、果たして本当に大丈夫なのだろうか。



 「なぁ、ラフィテア」


 「はい、何でしょうか?」


 「セレナはオバロに四剣聖なんて呼ばれてたけど、彼女はそんなに強いのか?」


 「はい。セレナはこの王国にいる4人の剣聖のうちの一人。彼女は剣王の再来とも言われた、“白い閃光”の異名を持つ天才剣士です」


 白い閃光、ね。


 たしかに、あの戦闘で放たれた彼女の一閃は光の様に早く、そして鋭かった。


 下手をすればこの世界に召喚されたアザーワールド・オンラインの一線級プレーヤーたちと同等程度の力量があるかもしれない。


 「剣聖は一人で一個旅団と同等の戦闘力があると言われています。わたしの知る限りこの国で彼女と互角に渡り合えるのは他の3人の剣聖以外には存在しません」


 「なら、彼女がやろうと思えば、あの場にいたエンティナ兵全員を倒すことが出来たのか?」


 「……はい。セレナが本気を出せば、おそらくは」


 「じゃ、なぜ彼女はオバロの言葉に従って剣を収めたんだ?」


 「ラック様、セレナは快楽殺人者ではありません。別の選択肢がある以上、わざわざ犠牲者を出すことを望まなかったのでしょう。ましてや相手は血が繋がっていないとはいえ兄妹……」



 「そうか、そうだよな」


 ラフィテア曰く剣聖は一個旅団を相手に一人で立ち回れるほどの強者だという。


 この世界にもそれ程の実力者がいるというのに魔族相手に苦戦を強いられている。


 俺と一緒に召喚されたのが歴戦のプレーヤーたちとは言え、あいつら果たして無事なのだろうか……。


 「どうしたのじゃ? 難しい顔をして」


 「ん、いや、ちょっと考え事を、な」


 まっ、置いていかれた俺が心配してもどうこうなる問題じゃないか。


 向こうの事は向こうに任せて、こっちはこっちの問題を何としないとな。



 さて、オバロ・ベータグラム。


どうする、このまま手を引くのか?


 兵を動かそうにも剣聖のセレナがいては下手に手出し出来なさそうなものだが、なにか別の思惑でもあるのか?



 ……ふぅ、やれやれ。


ここに来て今日で三日目、か。


 窓の外を見ると先ほどまで空にかかっていた太陽は分厚く薄暗い雲に覆われ、灰色の空からちらちらと銀色の雪が舞い落ちてきていた。


 ドウウィンに避難してきた者たちもようやく落ち着きを取り戻している。




このまま何事も無ければいいんだが……。

 




 そんな俺の淡い願いも虚しく、降り積もる雪と共に数刻もしないうちに外の街路を駆ける馬の足音が風雲急を告げた。






 「――領主様」


 慌ただしく廊下を駆け、部屋に飛び込んできたシエルの顔を見て、話を聞かずともおおよそのことは見当がついた。


 「どうした」


 「凶報がございます」


 「マグレディーに動きがあったんだな?」


 「……さようでございます。完全武装したエンティナ兵が約三千、マグレディーを昨日出発した模様です」


 「三千? いまマグレディーにある戦力の大半じゃないか。何かの間違いじゃないのか?」


 「いえ、確かに三千だと」


 何を考えているんだ、エンティナ領主は。

 

そんなに身の回りを手薄にして大丈夫なのか? 

 

 いくらあの惨状の後とは言え、まだあの街にはオバロに抵抗するものが多くいるだろうに……。


 「そうだ、シエル。彼女は、セレナ・ベータグラムはどうした? まだあそこにいるんだろ?」


 「はい。セレナ様がマグレディーを離れたという報告はありません」


 「ならオバロはなぜ兵を動かせる。彼女が指を咥えて黙ってみてるとは考えづらい」


 「そうですね」


 「……だとすると、彼女の身に何かあったと考えるのが妥当か」


 「そ、そんな」


 「ラフィテア、あくまで仮定の話だ。まだそうだと決まったわけじゃない」


 「そ、そうですね」


 「しかし、何か異変があったのは間違いありません」


 「そう、だな」


 監禁され拘束されたか、もしくは殺され、いやそれはない、か。


 王国の守りの要であり最強の鉾。


 その剣聖を殺すなど国王が許さないだろう。


 それにそう易々と彼女がやられるとは思えない。


 何はともあれ、今は彼女の無事を祈るほかないか……。



「――シエル、セレナの事、可能な限り調べてくれ」


「承知しました」


「それでエンティナ兵だが、ここに着くまでどれくらい時間の猶予がある?」


 「実はその、申し上げにくいのですが……」


 シエルは俺とラフィテア、それからドワ娘の3人へ交互に目をやり、歯切れの悪い口調でこう言った。


 「どうやら、彼らの向かう先はここではないようなのです」



 「ここじゃない? どういうことだ。ここにいる俺たちが目的じゃないなら、どこに向かっ、て、……まさか」



 「はい。オルメヴィーラ領でございます」








 シエルの一言は俺を動揺させるのに十分なものだった。



 オルメヴィーラ領!?



 「どうしてオルメヴィーラ領なんだ! サビーナ村を襲う理由が何処にある。俺が領主と知って報復のために動いたのか?」


 「もちろん、それもあるかもしれません。あと他に考えられるとすれば我々を支援しているのがオルメヴィーラ領だと知り、初めに後方を叩きに来たのかもしれません」


 「サビーナ村を潰してしまえば、俺たちの戻る場所はなくなり孤立無援になる。そうすれば逃げ場もなくなり、やがて物資も底をつく。……後はジリ貧という訳か」


 「そういう事でございます」


 「だからと言ってマグレディーを空にしてまで強襲するなんて正気の沙汰じゃないだろ。

今のうちに俺たちが攻め込むとは考えないのか?」


 「……ラック様、もしかしたらそれも向こうの考えの内かもしれません」


 「どういう事だ?」


 「つまり、我々が攻め込んでも勝てると、そう考えているかもしれません」


 「――他領からの増援かはたまた罠か。もしくはそれ以外のなにか」


 「何にしても今はマグレディーを気にしている場合ではないのではないか?」


 「そうですね。早く向かわないと手遅れになるかもしれません」


 「だが、相手は三千だぞ。正面からぶつかってもまず勝ち目はない」




 いっその事、領民たちを避難させるか?


 いや、その時間すらあるかどうか。


 なら、どうする。




 「のう、奴らはどのルートでオルメヴィーラ領に向かっておるのじゃ?」


 「偵察隊の報告によれば、マグレディーから東に向かってドウウィンを経由するのではなく、直接北東のコースを進んでいるようでございます」


 「なるほど、の」


 「奴らとやり合うにしてもサビーナ村で迎え撃つのはただただ被害が多くなるだけだ」


 「……私たちが到着する時間も考えると、エンティナ兵とぶつかるのは丁度この辺りになりそうですね」


 ラフィテアが示した地図の場所はエンティナ領とオルメヴィーラ領の丁度境界付近。


 確かあそこは丘陵地帯が広がっている場所。


 戦力を広く展開でき、大部隊ほど有利な地形だ。



 「シエル、悪いが力を貸してくれるか?」


 「もちろんございます、領主様。エンティナ領の為に立ち上がって頂けた時から、我々は領主様の手足。オルメヴィーラ領のため、命を懸けて戦う所存でございます」


 「そうか、ありがとう」


 「しかし、ラック様。真正面から戦ってこの圧倒的な数の差を覆せるとは到底思えません」


「あぁ、わかってる」



 せめてセレナが自軍にいてくれれば……。



俺たちが負ければオルメヴィーラ領とエンティナ領に未来はない。


 ……だが、どうする。


今からじゃ作戦を立てる時間も、ましてや武器や罠を準備する時間もない。


 「打つ手はなにか、ないのか」


 独り言のように呟いた諦めにも似た俺の言葉にラフィテアもシエルもただ黙って無言で目を伏せた。



 互いに条件の同じ戦いでは戦力差だけが雌雄を決する。


 その事をこの場にいる誰もが理解していた。



 この部屋を覆う絶望と沈黙。



 重苦しい空気の中、それを打ち破ったのは能天気とも思える少女の一声だった。

 


 「なんとかなるじゃろ」


 「何とかなるって、お前な」


 「考えても答えが出ぬのなら、行動するしかないじゃろ。それともなにか? 皆を見捨ててわらわ達だけで逃げるか?」


 「そんな事出来るわけないだろ」


 「ならやるしかない、そうじゃろ?」


 「それはわかってる。だけど勝たなきゃならないんだよ」


 「はぁ、おぬしは馬鹿真面目じゃな」


 「何を――」


「おぬしなら大丈夫じゃ。わらわが保証する」


「保証するって何をだよ」


「おぬしは運がいいからの。今回もきっと何とかなる。それにわらわ達にはとびっきりの女神様が二人もついておる」



 ドワ娘は俺の首から下がったペンダントをつんつんと指さしニヤッとして見せた。



 女神様ね。



 確かにここでこれ以上あれやこれやと考えても埒が明かない。


かと言って逃げる選択肢は最初からない。




 「ほら、何をぼさっとしておる。早く準備せねば本当に間に合わなくなるぞ」


 「お前に言われたなくても分かってるよ」


 「そうじゃったな」



 くそっ、こうなったら無茶でもやってやるさ。


 戦力差? そんなもの糞食らえ!





 エンティナ領主オバロ・ベータグラム。




 オルメヴィーラ領に攻め込んできた事、この俺が後悔させてやろうじゃないか。










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