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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十四章

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竜の刀剣ー49 地下拳闘場ー9





 試合開始と同時に軽快なステップで隙を覗うジャロンに対し、ヴェルは相変わらず一向に構えようともせずただずっと対戦相手の動きを観察していた。



 始めこそ場違いな少女を警戒していたジャロンだったが、痺れを切らし罵声を浴びせる観客に向かって舌打ちすると男は一気に間合いを詰め彼女の顔面目掛け拳を振り落とした。


 

 死角から放たれた拳は肩から肘、手首にかけて鋭く真っすぐ伸び、最後に腕を捩じる事で更に威力を増していた。


 無駄のないお手本通りの打撃。


 さすがCランクの経験者だけあってそれなりの実力者なのは間違いない。


 仮に一般人があの攻撃をまともに受けていたら間違いなく病院送りになっていた事だろう。


 ジャロンの拳にヴェルの髪が僅かに揺らめく。



「おーっと! ジャロン選手の強烈な先制攻撃! 自慢の拳が少女を襲う! だが! ヴェル選手、なんと辛うじてその攻撃を躱している!」



 司会進行役の男が実況を始めるといよいよ二人の試合も盛り上がり始める。



 「あっぶねえ! あんなのもらったら一発アウトだぞ! ったくだから言わんこっちゃない! 危なっかしくて見てられねえよ!」


 「ヴェルさん! 攻撃! 攻撃して!」



 熱くなる二人に対しヴェルは未だ動かない。

 

 完全に捉えたと思っていたジャロンは自分の拳が躱されたことで一瞬動きを止めたが、すぐさま体勢を整えると続けざまに攻撃を仕掛けていく。



 「ジャロン選手の物凄い連打がヴェル選手を襲う! 右、左、右、左! ヴェル選手これでは開始早々防戦一方だ!」



 不意に手を止めたジャロンは突然身体を旋回させると対戦相手の意表をつく裏拳を叩き込みそのまま一旦距離を取った。



 「おい! おい! おい! 何やってんだっ! このまま負けちまったら女だからって承知しねえぞ!」


 試合が始まってまだ数分、圧倒的にジャロンが優勢なのは誰の目にも明らかだったが、当の本人は何故か浮かない顔をしていた。



 それもそのはず、ジャロンがあれだけ一方的に攻撃していたにもかかわらず、男の拳は全て防がれ一度たりとも少女を捉えることが出来なかった。



 試合開始前と変わらずヴェルの肌は透き通るように白い。


 得体の知れぬものを相手にしているそんな恐怖に襲われたジャロンだったが、自分の両腕を叩くと気合を入れ再びヴェルに襲い掛かった。



 再び繰り広げられる防戦一方の試合。


 幾ら拳闘の経験がないとは言え彼女が本気になればこの程度の試合すぐに決着が付くはずだ。


 だが、ヴェルは敢えて受け身に回る事で対戦相手の動きを観察し、実戦で拳闘のスキルを身につけようとしていた。




 すでに肩で息をしているジャロンは再び距離を取ると思わず苦虫を噛み潰した。



「おい、おい、なんか様子が変じゃないか?」



 徐々に観客達もこの異変に気付きざわめき始める。


 有利に試合を運んでいたはずのジャロンがまるで追い詰められているかのように疲れ果てていた。


 いつの間にか静まり返る会場。


 男は未だ自ら動こうとはしないヴェルを睨みつけるとその場でゆっくり息を整える。


 ごくりと誰かが唾を飲み込んだ次の瞬間、ジャロンは地面に穴が開くほど強く足を踏み出し一気にヴェルへと詰め寄り再び拳を繰り出した。



 右、左、右、左、右。


 男は呼吸する間もなく拳を打ち続ける。


 だが、その一つたりとも少女を捉えることは出来なかった。



 しかし、ジャロンの攻撃はすべて最後の一手への布石であった。


 雌雄を賭けたジャロンの攻めにヴェルが僅かに体勢を崩すと男はこの最大のチャンスを決して見逃すことは無かった。


 手を止めたジャロンは一瞬腰を落とすと左脚に力をため、回転しながら強烈な蹴りをヴェルの腹部にお見舞いした。


 


 宙に浮いたヴェルの身体は一瞬のうちに皆の視界から消え去った。



 気が付けば彼女の身体は赤壁に深くめり込み、煉瓦の破片がぽろぽろと地面に転がり落ちていた。



 「……おい、あれ死んだんじゃないのか?」


 身動きしない彼女に誰かがそう呟くと観客たちは一斉にざわめき始める。


 「あーあ。だから言わんこっちゃない。俺は何度も止めたんだ。そうだよな?まっ、これも自業自得って奴か」


 「フエーゴ、あんたなんて薄情な男の!?」


 「薄情!? 俺が薄情だって? 俺は何度何度も止めたんだぜ! それでも出るって言って聞かなかったのはあの嬢ちゃんなんだ。俺がそんな事を言われる筋合いこれっぽっちもないね」


 「ああ、もう! あんたって男は!」


 「俺が薄情っていうんならあの嬢ちゃんを連れてきたこの男はどうなんだよ? 俺よりよっぽど薄情だと思うけどな」


 「そ、それは……」


 アーレアは俺とフエーゴを見比べるとそのまま口をつぐんでしまった。


 「っていうか、お前はなんでそんな落ち着いて見ていられるんだ。あの嬢ちゃん、下手したら死だかもしれないんだぞ」


 「そりゃ、ヴェルが無事だからに決まってるだろ?」


 「無事って、お前何言ってるんだ? あれを見てよくそんな事が言えたもんだな」



 確かにヴェルの事をあまり知らない人が目の前の惨状を目撃したらきっと平然としてはいられないだろう。



 「ヴェルはあの程度の攻撃でやられたりしない」


 「はあ? 彼女が幾ら獣人だからってあれをまともにくらったら無事なわけが――ねえ、フエーゴ、フエーゴ?」



 フエーゴに同意を求めたアーレアは男がある一点を見つめ微かに震えていることに気付いた。



 「……どうしたの、フエーゴ?」


 「嘘だろ。マジかよ」



 アーレアは呆然と指を差す男の視線の先を見やり思わず立ち上がってしまった。










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