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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十四章

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竜の刀剣ー36






 何とかエントマの追跡を振り切った俺たちは寄港船を横目に海岸線を後にする。


 朝日と共に煙突から白煙を上げるエルドルンの街は魔族との一戦がまるで嘘であったかのように平和でいつもと同じ日常の景色をそこに映し出していた。


「ラック、あんた一体どこに行こうとしてるのよ! 屋敷は向こうのはずでしょ?」


 仮面を脱ぎ再び街中に戻ろうとする俺にユシルは怪訝な顔をする。


 「お前のおかげで魔虫に追われる心配もなくなったし、あの暗がりとこの仮面、おそらく奴等に身元はバレなかっただろう」


 「だから何なわけ?」


 「ついでだからこのままオークションの戦利品を屋敷に持って帰ろうと思ってさ」


 「戦利品? パパ、戦利品って?」


「ヴィニャの母親だよ」




 俺は再び大通りから外れた迷路のような街路に足を踏み入れた。


 オークションで競り落としたヴィニャの母親、当然のことながらヴェータ家の別邸では受け取れない。


 とは言えこの街で奴隷を引き取るのに最適であろう場所など知らない俺は彼女を助けたあの場所を紙に書き記していた。


 歩くこと数分、人もまばらな薄暗い路地を曲がるとヴェルが何かに気付いた。



 「パパ、この先って確か――」


 「ああ、ヴィニャを助けた場所さ」


 「どおりで見覚えがあると思った。けど、あんたよくこんな場所覚えてたわね」


 「ふと、思いついただけさ。他に適した場所も知らないし、それに屋敷も近かったからな」


 「ふーん。それでヴィニャの母親はどこにいるわけ? ……それらしい人は見当たらないわよ」


 「まだ俺が指定した時間じゃないからな」


 「え? ……もしかして、あんたが指定した時間って夜中じゃないわよね?」


 「まさか。もしそうだとしたらこんな時間に来てやしないさ」


 「あんたの言う事はなんか信用ならないのよね」


 「それはどういう意味だよ」



 俺たちは指定した場所から少し離れた所で周囲の様子を窺いながら時を待つ。


 朝の時間とあってか、裏路地とは言え井戸に水を汲みに行く者や仕事で出掛ける者などがこの道を通り抜けていく。


 怪しまれないよう通行人や住人たちをやり過ごしていると、しばらくして指定していた場所から二本先、大通りに続くやや広い路地に一台の馬車が停車した。


 それは街中でよく見かける至って普通の荷馬車で荷物の運搬や人々を乗せよくエルドルンの街を走っている。



 一時停止しこちらとは反対側の扉が開き乗客は金を払い降りていく。


 馬車はそれから大通りへと走り去り、それを見送るように立ち止まっていた乗客は迷う様子もなく一直線に足を進める。



 「ねぇ、あれって――」


 「ああ、俺が競り落としたヴィニャの母親だ」



 時間通り指定した場所に立った女性は辺りを窺うでもなく、ただボーっとその場に突っ立っている。



 「ラック、あの馬車、追わなくて言いわけ? 奴等の手掛かりが知りたいんじゃないの?」


 「そうだけど、多分あれを追っても意味はないさ。奴等がそんな詰らないヘマをするとも思えない。――ヴェル、誰か彼女を監視してないか?」


 「うーん、誰もいない。あの魔虫?だっけ? あれの気配も感じない」


 「そうか」



 どうやら奴等も取引に関しては互いを深く詮索しないという暗黙の了解をしっかり守っているのだろう。


 念の為、俺も周囲を警戒しながら彼女に近づいていく。


 こちらに気付いたヴィニャの母親は自我のない眼差して俺を見やると黙って深く一礼した。



 「ユシル、これって――」


 「恐らく精神操作ね。時間が経てば治ると思うけど、どうする?」


 「うーん、そうだな。取り敢えずこのまま連れて行こう。その方が説明する手間も省けるしな」


 「わかったわ」


 「それじゃ一緒に行きましょうか」


 ヴィニャの母親は表情を変える事無くただ黙ってコクリと頷く。


 「ヴェル、念の為m屋敷まで周囲の警戒を頼む」


 「うん、任せて」


 「よし、それじゃ今度こそ屋敷に帰ろう」


 「はぁ、マジで長かった。ラック、これ以上の寄り道は本当に許さないからね!」


 「わかってるって」



 魔族と一線を交えるという想定外の事態もあったが、ヴィニャの母親を確保した俺たちはおおよその目的を果たすことができ、長かった一夜はこうして幕を閉じた。





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