竜の刀剣ー4
あっという間に一皿平らげ次の料理を待っていると、隣に座っていた男が何故か手つかずの料理を寄越してきた。
「随分と食いっぷりがいいね。どうだい、これも食べるかい?」
「え? いいの!? ラッキー!」
不審がることなく即座に料理に手を出したユシルを俺は摘まみ上げ制止する。
「止せよ、ユシル」
「なによ! いいじゃない! 折角くれるって言うんだからさ」
「そういう問題じゃない!」
「悪い、悪い。嫌ならいいんだ。ただ、ちょっと調子に乗って頼み過ぎてな。俺たちもう腹も一杯だし、このまま残すのも気が引けてね」
男ははち切れんばかりの腹を叩くと目の前に積み重なった空の皿を見て苦笑いしていた。
「ねぇ、食べないで捨てちゃうなんて勿体なくない?」
「ん、……まぁ、そういうことなら頂くとするか。けど、本当にいいのか?」
「ああ、そうしてくれると助かる。長旅してると道中碌な飯が食えないからな。こういう店に入るとどうしても頼みすぎちまう」
「長旅って二人は商人でもやってるのか?」
「ああ、そうさ。けど今は色々あって主に荷運びで生計を立ててる。ヴェストリスには補給で立ち寄っただけで明日の早朝にはエルドルンに向けて出発しなきゃならん」
「それってもしかしてエルドルンで開催されるオークションに関係してるとか?」
「ん? そうだがよく分かったな、嬢ちゃん。俺たちも積み荷の中身までは知らんが、きっとオークションに出品される品がいくつもあるはずだ」
もしかしたら今この街にいる商人の大半はオークションに何かしら関わっているのかもしれない。
「なぁ、そのエルドルンで開催されるオークションってのには俺たち一般人でも参加できるものなのか?」
男はグラスに入った酒を飲み干すと煙草に火をつけ、灰にゆっくり煙を送り込んだ。
「それは出す方かい? それとも買う方か?」
「ん、まっ、出来れば両方かな」
「両方か。まあ、普通の競りなら金さえ払えば誰でも参加できたはずさ」
「普通の?」
「ああ、ここだけの話――」
そう前置きすると男は周りに聞こえないよう声を潜めた。
「出品される品物はそれぞれ事前にランク付けがされていて、高ランクのものはそこらの会場にはまず出てこない。どういった類のものが出品されるかまではわからんがSランク限定のオークションともなれば特別なコネや権力がない限り一般人は参加すら出来ないのさ」
そう言って男はぎりぎりまで煙草を吸うと小皿に押し当て入念に火を消した。
「――はい、おまちどうさま! オナガドリの肝刺し盛り合わせ。さっき〆たばかりの内臓を使ってるから鮮度抜群だよ。これもうちのおススメ。このタレ付けて食べてね」
男が話し終えると同時に先程の厨房に戻った店員が今度は両手にいっぱいに皿を抱え、次々とテーブルに並べていく。
サラダ、オナガドリの臓物煮、軟骨揚げ、鶏ガラの野菜スープ。
卓上はあっという間に色とりどりの料理で埋め尽くされ、先程一品平らげたというのに俺の胃袋はすでに空腹で悲鳴を上げていた。
「おかわりね、おかわり!」
いつの間にかお酒を飲み干していたユシルは空のグラスを手渡すと同じものを再度注文し、その間に熱々の煮込みに喰らいつく。
「あんたら何かオークションで競り落としたいものでもあるのかい?」
最後にもう一杯小さなグラスを頼んだ男は卓上の岩塩を舐め、酒をちびちび流し込む。
「そうじゃないけど俺たちもエルドルンに行く用事があるんだ。だからちょっとそのオークションとやらに参加してみたくてね」
「そうかい。目利きに自信があるなら案外掘り出し物が見つかるかもな。俺たちも今回オークションにいくつか出品するんだが、運よく高値で品物が売れれば念願の店が持てるかもしれない」
「出品ってそんな簡単に出来るの?」
リッツァは軟骨を摘まみ口に放り込むと、油まみれの人差し指をペロッと舐めた。
「公式の会場で行われるオークションにはヘルメースの許可書がないと無理だな」
「許可証ね。それってどうやったら手に入るの?」
「ん? ああ、商業ギルドに申請して審査が通れば貰えるさ。けど一般人には許可は下りないだろうな」
「……ということはあたしたちの飛び入り参加は無理か」
「まっ、誰でも彼でも出品できたら流石に収集が付かなくなるからな。――けど、まぁ、まったく方法がないわけじゃない」
「そうなのか?」
「ああ、さっき俺は“公式の”って言っただろ? つまり公式じゃなきゃ参加は出来る可能性はある」
「非公式のオークションなんて存在するのか?」
「それがあるんだよ。ヘルメースも黙認している地下のオークションがな」




