無詠唱魔法編ー15
「――ところでラック様、ヘルメースの件で王都のクロマ商会支部に遣いを出してから数日、先方から何か連絡はあったのですか?」
「あぁ、それなら今日丁度」
俺はリッツァから受け取った名刺をラフィテアに手渡し一連のやり取りを話して聞かせると、彼女は一瞬顔をしかめた。
「ん? どうした? 何か気になる事でもあったのか?」
「え? あっ、い、いえ、その、な、何でもありません。女性の商人は稀有ですので少し驚いただけです」
「そうなのか?」
「はい」
確かに商人と言えば男性のイメージが強い気がする。
「彼等は買い付けの為、常に世界各地を飛び回っていますから生半可な体力では務まりません。それに盗賊や魔物の危険にさらされることも珍しくはありませんし、女性だとどうしても交渉相手から舐めて見られてしまいますから」
「余程のやり手じゃないと厳しいかもな」
「そもそも商人には多くものが求められます。資金力は言わずもがな、知識、交渉力、先見性、時には運や狡猾さも必要となってくる」
「そう考えると商人で成功するってのは大変なんだな」
「ただお金が絡む職業なので人から恨まれたり反感を買ったりすることも多く、彼らの社会的地位はどうしても低く見られがちなんです」
「なるほどな」
だから成功を収めた商人たちはわざわざ多額の寄付を行ったり、社会奉仕活動に力を入れたりするのか。
「それにしてもクロマ商会はよくエルドルン出身の商人を抱きかかえていたものですね」
「確かに言われてみればそうだな。まぁ、以前から機会があれば西方に販路を拡大したいと言っていたからな――」
「着々と準備を進めていた、というわけですか」
「そうみたいだな」
どんな時でも情報収集を怠らない。
流石、クロマ商会。
決して商機は逃さない、か。
夕食を終え今日の近況報告を終えた俺たちはお茶も飲み干しそろそろ席を立とうとしていた。
「――ラック様、ラフィテア様、お話し中の所、申し訳ございませんが少々お時間よろしいでしょうか」
先程まで部屋の入り口で待機していたエララは同僚から何か言付けを預かったのか、そっと俺たちの側面に回り込むと深く頭を下げ用件を切り出した。
「どうした、エララ。何かあったのか?」
「はい、実はいま部下の者から報告がありまして、ラック様のお連れの方がたった今、目を覚まされたと」
「!? ヴェルが!? ほ、本当か!!」
「はい。体調の方も問題ないようでラック様の事をお探しの様子です。いかがなさいますか?」
「決まってる! すぐ会いに行く!」
「承知いたしました。ではご案内致しますので、どうぞこちらに」
「ラック様!」
「あぁ! ラフィテア、行くぞ」
「はい!」
居ても立っても居られず部屋を飛び出した俺は逸る気持ちを抑えエララの後ろをついて行く。
階段を駆け上がり最上階の廊下を右手に、扉の隙間から薄明かりが漏れ、中から懐かしい声が聞こえる。
「どうぞ中へ」
エララがそっと扉を上げると俺の目から自然と涙がこぼれ落ちていた。
滲んだ視界。
その先にはほんの少しだけ成長し大人になったヴェルの姿があった。
彼女は俺を見るなりベッドから立ち上がると人目も憚らず抱きつき思いっきり泣きじゃくっていた。
「――パパ! パパッ!」
「あぁ、おかえり、ヴェル。おかえり」
「パパ! パパッ!」
あっという間に胸元が彼女の涙で濡れていく。
「よく一人で頑張ったな」
「怖かった! 怖かったよ! 夢の中で皆が死んじゃって! でも、わたし見ているだけしか出来なくて! わたしのせいでもう二度と皆に会えないんだって! でも、それでも皆に会いたくて! 凄く、すごく怖かった!」
そっとヴェルを抱きしめる。
彼女は目を赤く腫らし泣き続け、それでも俺は彼女が泣き止むまで優しく優しく頭を撫でてやった。
「そうか。でも、もう大丈夫、大丈夫だ。ヴェル、もう二度とお前を一人になんてさせやしないさ」
「ひっぐっ、ひっぐっ。……ほ、本当?」
「あぁ、約束する。俺がお前を守るから、だから、ヴェル、お前はもう何も心配しなくていいんだ。わかったな?」
「――うん、わかった。パパとの約束」
「そうだ、約束だ」
ようやく落ち着きを取り戻しいつもの笑顔に戻ったヴェルだったが、俺を見て安心したのか、はたまた泣き疲れたせいか俺の手を握ったまま再び眠りに落ちていた。




