忌まわしき赤竜の姫ー84
「――話し合いは終わったのかい?」
足をぶらつかせ暇を持て余していた少年は大きく飛び上がりくるりと一回転すると巨竜の鼻頭に立ちこちらに向かって手をかざした。
「そこの小修女とベディーネンの所に送った幼子をルアジュカの麓に、それ以外の者たちをアルフヘイムの門戸へ転移させればいいんだね?」
「あぁ、それで頼む」
赤竜帝が小さく唇を動かすと彼の手の平には魔方陣現れ、それと同じものが俺たちの足元にも描かれていく。
「地上に戻ったらまずは“竜の刀剣”を探す。君たちが魔王の魂を滅するにはそれしか方法はない。でなければソレも世界も救えない」
「まるでわらわ達が世界の命運を握っているかの様じゃな」
「命運、か。そうかもしれないね。僕もあの忌々しい結界のせいで直接外界に干渉することはできない。だから君たちに一縷の望みを託す」
「赤竜帝、あなたの望みは知らないが、俺たちはヴェルを救うために魔王を討つ。それだけだ」
「あぁ、それでいい。君たちが魔王を倒してさえくれればね」
赤竜帝がニヤリと笑みを浮かべると魔方陣が閃光を放ち、俺たちの視界を埋め尽くした。
「――では、頼んだよ。僕はここから君たちの幸運を祈るとしよう」
強烈な光が景色を真っ白に染め、赤竜帝の声だけがやたら耳の奥に響いていた。
――鼻腔をくすぐる緑と土。
先程まで居た場所とは明らかに違う匂いがする。
周囲を警戒しながらゆっくり目を開けるとそこには世界樹ユグドラシルと緑の海が広がっていた。
「――俺たち無事戻って来れたみたいだな」
「そう、みたいですね。エルフの森に城塞都市メルカルン」
「注文通りちゃんとバラマール領に送り届けてくれたわけか」
「あの一瞬で大ルアジュカ山脈からバラマール領まで。……まったく、あの赤竜帝は本物の化け物じゃな」
「違いない」
あのエルフたちでさえ世界樹の力を借りて転移魔法陣をようやく完成させた。
それなのにあの少年はたった一人でいとも簡単に構築してしまった。
今更だが竜族、赤竜帝は本当に実在したんだな。
アレを間近で目にした今でも幻想ではないかと自分を疑ってしまう。
「何にしてもこれで少しは休めそうじゃな」
「そうだな。……ヴェルもまだ目を覚ます様子もないしメルカルンで少し落ち着ける場所を探すか」
「ラック様、それならジョワロフ公に相談してみてはいかがですか?」
「ジョワロフ公に?」
「はい。私たちも無詠唱魔法の研究の手伝いでしばらくバラマール領に滞在することになりそうですし、それでしたらジョワロフ公に手配してもらった方が向こうとしても何かと都合が良いかと」
「確かにそう言われればそうだな。積もる話もあるし先ずはジョワロフ公に会いに行くか」
「はい、その方があの方も喜ばれると思います」
初めて俺たちがバラマール領を訪れてからそれ程月日は経っていないはずだが、それでも随分と久しい気がする。
ヴェルを起こさぬよう優しく抱きかかえ城門をくぐると、街からは人々の楽し気な歌声が聞こえてくる。
露店から漂う香ばしい匂いにドワ娘は居てもたっても居られず店主に金を手渡すと一気に串焼きを頬張る。
「あー! あたしも、あたしも!」
「はぁ、しょうがないな。――ラフィテア、俺たちも少し食べて行こうか」
「はい」
呆れ顔の俺を見て笑みを浮かべたラフィテアがとことこと俺の後をついてくる。
「かーっ! 酒が美味い! 耳長、おぬしも呑むか? 今夜は死ぬほど酒を飲むぞ!」
「いいわね! それ! あたしも付き合っちゃう!」
「おい、二人共ほどほどにしておけよ」
「何を言っておる。今日は無礼講に決まっておる!」
「そうだ! そうだ!」
――やれやれ。
騒がしいのが二人に増えてしまった。
だが、この光景を見るのはいつぶりだろう。
彼女たちの楽しそうな笑顔。
安らいだ表情で眠る赤髪の少女。
俺は一口肉を頬張ると夕空に浮かぶ月を眺めながら空っぽの胃袋に果実酒を流し込んだ。
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