忌まわしき赤竜の姫ー62
まるで湖面に映った景色に飛び込んでしまったかのような上下逆さまの世界。
先程まで眼下にあった雲海は空を覆い、山の稜線が上へと広がっていく。
雲の上の景色がどうなっているかは分からないが、それでもこんな世界を作り出してしまうのだから、調停者たる赤竜帝の力の一端を感じずにはいられない。
ベディーネンに連れて来られたこの写し鏡の世界は見た目こそ逆さまだが重力はなぜか先程までと同じ方向に働いている。
もしここが先程までいた世界を丸ごとコピーしひっくり返し創り上げたものなら、地上にあるものは重力に逆らえず全て落ちてきてしまうはずだ。
だが、実際にはそんな大惨事になっていない。
つまりここは現実世界の景色を映し出し具現化したものであり、鏡の中と同様に、映し出されたものは外部からの影響を直接受けないのかもしれない。
「――なんだか凄く不思議な気分ですわね。足元に空が広がっていて、頭上には大地があるなんて」
「確かに私たちの常識では考えられない光景ですね」
「ベディーネンの言う通り、来て正解だったわ。ほら、あんたもこっち来なさいよ。こんな景色絶対地上じゃ拝めないわよ」
時折望む外景に一人はしゃぐユシルは俺の後ろを歩いていたシーナの袖を掴むと強引に彼女を引っ張っていく。
「まったく随分とお気楽な精霊様じゃな」
「いいじゃない。折角来たんだから楽しまないと損でしょ?」
「……損ね。この纏わりつく様な嫌な感じを前によくもまぁそんな事が言えるの」
ドワ娘は自分の身体を強く抱きしめると、天井を見上げため息を付いた。
この写し鏡の世界に来た時からずっと感じていた恐怖にも似た感情。
――畏怖
圧倒的強者を前に無意識に身体が小刻みに震え出し、本能がすぐさま引き返せと何度も何度も訴えかけてくる。
あの黒竜ニグルムとはまるで比べ物にならない程の圧倒的な力。
竜の居城の主、赤竜帝は間違いなくこの先にいる。
「――とっととヴェルの奴を助けてオルメヴィーラに帰るとするかの」
「そうですわね。ここまできて怖気づいていても仕方ありませんものね」
「なんじゃ、メリダ。お主、もしかしてビビっておったのか? 情けない奴じゃな」
「ビ、ビビッてなんかいませんわ! わたくし今から赤竜帝に会えるかと思うと嬉しくて居ても立ってもいられないくらいですもの。それよりあなたこそさっきからずっとガタガタ震えてますわね。……もしかして怖いんですの?」
「このわらわが? 面白い冗談じゃの。これはさっきベディーネンの所で酒を飲み過ぎてちょっと尿意をもよおしただけじゃ」
「に、尿意って、あなたね。いくら怖いからってそんな嘘までつかなくても」
「う、嘘ではないわ!」
「はいはい、そうね。仕方ないからそういう事にしておいてあげますわ」
「うぬぬぬ! そんなに疑うならいま黄金色の放尿、拝ませてやるのじゃ!」
「け、結構ですわ! って、へ!? フ、フレデリカ、あ、あんたなにやってますの!?」
衣服に手をかけ人前で脱ぎ出そうとしたドワ娘をメリダは慌てて止めにかかった。
「わ、わかりましたわ! 分かったからここで服を脱ごうとするのだけは止めなさい!」
「嘘つき呼ばわりされて黙って引き下がってはドワーフ族の名折れじゃ!」
「わかった、分かったから、どうか止めてちょうだい! わたくしが悪かったわ」
「止めろ? メリダ、おぬしはわらわがビビってないと認めるんじゃな?」
「認める、認めるわ!」
「ふん! 分かればいいんじゃ!」
「まったく本当に脱ぎだすなんて信じられませんわ!」
「当然じゃ。ドワーフの姫たるわらわが嘘つき呼ばわりされるなど到底我慢ならないからの」
「いやいやいや! 普通王女ならこんな人前で絶対に放尿なんてしませんわ!」
「普通? はっ! わらわをそこらの王女と一緒にしては困るの」
「もうわかったから、わたくしが悪かったから早くその服着てちょうだい」
「やれやれ、しょうがないの」
なぜか勝ち誇った様子で衣服に手をかけたドワ娘だったが、手を止めると何故か急に足をもじもじさせ始めた。
「……フレデリカ、どうしましたの?」
「いや、それがその、なんだ、……なんかその本当にしたくなってしもうての。……もう漏れそうなんじゃ」
「ば、ばか! ここでするんじゃないわよ! ほら! 早く向こうに行きなさい!!!!」
静まり返った居城から聞こえる湧き水の微かなせせらぎ。
「……ねぇ、ラック。こいつら一体何やってるわけ?」
「ユシル、頼むから俺に聞かないでくれ」
真面目な顔で尋ねるユシルを横目に俺はそっと両手で耳を閉じた。
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