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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十二章

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忌まわしき赤竜の姫ー55






 ニグルムに連れられ切り拓かれた山脈の内部を進んで行くとそこには絶景が望める大きな空間が広がっていた。


 石壁に囲まれ簡素ながらも整然とした造り。


 何万年もの歳月をかけ天井から伸びた無数の鍾乳石に光が当たり、時折流れ落ちる水滴がキラキラと輝いている。


 俺はてっきりドワ娘がいる牢獄にでも連れていかれるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。


 同じテーブルを囲みなにやら噂話に花を咲かせている竜族の女性たち。


 カウンターに座っている男は黙々と一人酒を嗜み、その後ろでは賭けに興じる者達が勝った負けたで一喜一憂している。


 まるで間違って夜の酒場に足を踏み入れてしまったかのようで、なんとも場違いな感じがした。



 どうやらここは竜族たちにとっての憩いの場であるようで、そんな賑やかな雰囲気の中、闖入者を引き連れたニグルムが脇を通り過ぎると彼等は一様に頭を下げ、それと同時に俺たちに好奇の目を向けた。


 どうしてこんな場所に連れて来られたのか戸惑っていると、ニグルムは突然景色が見える断崖の席の前で足を止めた。


 そこにはせっせと給仕をしている少女がおり、出来立ての料理を客席まで運ぶと隣の席の後片付けに勤しんでいた。


 「シーナちゃん! もう一杯お代わり!」


 「はーい!」


 いつものあの天真爛漫な笑顔で元気よく返事をした少女は背後にいたニグルムに気付くと慌てて一歩下がり頭を下げた。


 「シ、シーナ?」


 「え? ……り、領主様」


 名前を呼ばれたシーナはゆっくりと頭を上げる。


 聞き馴染みのある声に彼女の身体は震え出し、手に持っていた布巾を床に落とすと俺を見て呆然と涙を浮かべた。



 「り、領主様、あぁ、領主様、領主様!」


 「シーナ!」


 人目もはばからず胸に飛び込んできたシーナを受け止めると俺は彼女を優しく抱きしめた。

 

 「よかった。本当に良かった。シーナ、どこも怪我はないか?」


 「はい、領主様。この通り、元気いっぱいです」


 「……遅くなって悪かったな」


 「そんな! 私、信じてましたから! 領主さまなら来てくれるって、きっと助けに来てくれるって信じてましたから」



 いつもの変わらぬ笑顔のシーナはゆっくり俺から離れると少し恥ずかしそうに涙を拭った。



 「――シーナ、あなたが無事で本当に良かった」



 ラフィテアもシーナを抱きしめると彼女の無事な姿にホッとしたのか、うっすら涙を浮かべ微笑んだ。



 「シーナ、あなたがあんな無茶な真似をするなんてね。まったく人は見かけによりませんわね」


 「ラフィテア様、メリダさん、心配かけてしまってごめんなさい。……でも、あの時、その、私、居てもたっても居られなくて――!」


 「分かっています。ヴェルの為に本当によく頑張りましたね」


 「そうですわ。なにも気にする事ありませんの」


 「ラフィテア様、メリダさん」


 「でもね、シーナ。お願いだからもう少し自分の事も大切にしなさい。あなたに何かあったら悲しむ人が大勢いるのだから」



 シーナはラフィテア、メリダ、俺の順番に目をやると申し訳なさそうに頷いた。



 「それでシーナ、どうしてシーナはこんな所で給仕なんかしてるんだ?」


 「えっと、あの、そのなんて説明したらいいか……。この“リトリ・ニアヴァ”に連れて来られてから私たちずっと竜族の人たちにお世話になっていたんです」


 「竜族に?」


 「はい。食事から寝床から衣服まで、その、まるで客人の様に私たちを扱ってくれて」


 「そうなのか?」


 「はい。でも、いつまでもお世話になりっぱなしじゃ申し訳ないから、何かお手伝いできることはないかなって」


 「それで給仕の仕事を?」


 「はい」


 思わぬ状況に俺とラフィテアは互いに顔を見合わせた。


 竜族に関する伝承やニグルムの言動から残酷ではないにしろ彼等がもっと冷酷な種族かと思っていた。



 「それじゃドワ娘もシーナと同じ給仕の仕事を?」


 「あ、いえ、フレデリカさんは――」



 シーナは答えづらそうに口籠ると後ろを振り向き、やけに盛り上がる人だかりに視線をやった。




 「――ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 「ダメじゃ、ダメじゃ! 二度目はないとさっき申したではないか!」



 観客の熱気も高まる中、聞き馴染みのある声が竜族の男相手に息巻いている。


 「くそっ!」


 兵士の駒を手にしていた男はじっと盤面を見つめながら歯軋りをしている。


 「ほれ、ほれ、どうした? どうしてもと言うから泣きの一回を受けてやったのじゃ。おぬしが負けたら約束通り身ぐるみ全部置いていってもらうからの!」



 女は手にした酒を一気に飲み干すと容赦なくプレッシャーをかけ男を追い込んでいく。



 「な、なぁ、シーナ。……あいつは何をやってるんだ?」


 「えっと、あの、多分“戦戯”っていうゲームで対戦してるんだと思います」


 「戦戯?」


 「はい、竜族の方に人気の遊戯だとかでフレデリカさんとの対戦を希望する人が連日のように列を成してます」


 「嘘だろ」





 「――ま、参りました」



 男は両膝に手を置くと悔しそうに項垂れ席を立った。

 


 「次は肉と酒を持ってくれば相手をしてやるぞ。さて次の相手は誰かの?」


 高笑いをしながら酒をあおるドワーフの少女。


 ドワ娘の勝利に観客たちは更に熱を帯びていく。


 何がどうしてこうなっているのか訳が分からなかったが、俺は人の波を強引に掻き分けると順番に割り込み対戦席に座った。



 「おっ、何じゃ何じゃ、ここにきて新顔か? さてさて、おぬしは一体何を賭けるん――」


 「元気そうで何よりだな、フレデリカ」



 俺の顔を見たフレデリカは一瞬固まった後、わざとらしく驚いてみせた。



 「な、なんじゃ、ラックではないか! 随分と久しぶりじゃの!」


 「久しぶりじゃの、じゃない! 何やってんだよ、お前は!」


 「何って見れば分かろう? 戦戯じゃよ、戦戯」


 「いや、そうじゃなくてだな」


 「――おい、お前、俺たちは順番待ってるんだ。いきなり割り込むのは無しだぜ」



 順番に割り込みフレデリカと話を始めた俺を見て、席の後ろに立っていた小太りの男はイラついた様子で肩を掴んだ。


 男に同調し騒ぎだす観客たちをフレデリカはおもむろに立ち上がり制止した。



 「すまん、すまん。悪いが今日の対戦はこれで終いじゃ。この続きは明日にしようではないか」


 「おい、戦王! 戦王のお前、挑戦者を前に逃げるっていうのか?」


 「わらわが逃げる? おぬし、なかなか面白いことを言うではないか。逃げるとはどこへじゃ? わらわは何処にも逃げはせん。そんな事はおぬしらが一番よく知っておろうが」


 席の上に立ち何故か竜族に対して強気のフレデリカは男を指さし語気を強めた。


 「それは、まぁそうだけどよ」


 「楽しみが一日伸びたと思えば良いではないか。おぬしらにはたっぷり時間があるのだろう? わらわにも大事な用があるのじゃ。おぬしとは明日一番に対戦すると約束しよう。だから今日は終いじゃ」


 「ちっ、分かったよ。その代わり戦王、その約束、ちゃんと守れよ!」


 「わかっておる、わかっておる」



 明日の約束を取り付けた男は仕方なく今日の勝負を諦めると俺の肩から手を離し、フレデリカの戦戯に賭けていた観客達も今日の対戦がないと知るや、文句を言いながら散り散りになっていった。









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