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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十二章

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忌まわしき赤竜の姫ー44





 ――魔王イブリス


 その名前、どこかで聞いたような気がする。



 ……イブリス、イブリス。


 そうだ、確か黒竜ニグルムもその名を口にしていた。


 

 「どうかした?」


 「いや、なんでもない」


 「そう。どうやらこの記憶の本に描かれているのはここまでみたい。もうこれ以上得るものはなさそうだし、そろそろ戻ろうか」


 

 血の匂いが充満した戦場。


 夥しい数の骸を前にカルテシュカが本を閉じると俺たちの意識は元いた書庫へと引き戻されていく。



 思いかけず先代と魔王と竜族に関する過去の記憶を垣間見ることになった。



 しかし、いま王国が戦っている相手が六代目の魔王だったなんて。


 先代魔王を倒したのが数百年以上前の出来事とは言え、この事実をユークリッド王は知っているのだろうか?

 

 いや、知っていようが知らなかろうが結局魔王を倒さなければ人々に平穏は訪れない。


 それが仮初のものだったとしても今はやるしかない。


  

 本を閉じ俺たちが書庫に戻ってくると、暇を持て余していたのかキュウ助は本を枕に惰眠を貪っていた。



 「――キュウちゃん、キュウちゃん!」


 「んあ? ……はっ! カ、カルテシュカ!」


 名前を呼ばれ飛び起きたキュウ助は床に転がっていた本を足で蹴飛ばし、何事も無かったように取り繕っていた。


 「もしかして、今、寝てた?」


 「ま、まさか! そんな訳ないだろ!」


 「なぜそんなに動揺しているのかしら?」


 「し、してない! してない! 俺っちが寝るわけないだろ!? 俺っちずっとここで周囲を警戒していたんだぜ!」


 「そう?」


 「信じてくれよ、カルテシュカ様!」


 「……キュウちゃん。よだれの後が付いてるわ」


 「え? あっ、ち、違うんだよ! こ、これは、そう! さ、最近、口の締まりが緩くなっちまってよ! よだれが勝手に垂れてきちまうんだ」

 

 「それは大変」


 「そう! 大変なんだよ! まったく歳には敵わないぜ!」



 やれやれと羽根で口元を拭うキュウ助だったが、そんな言い訳がカルテシュカに通用するわけもなく問答無用で首を掴まれ吊るされていた。


 「キュウちゃん、その汚いよだれが垂れない様に今度紐できつく嘴を縛ってあげる」


 「あ、ありがとうございます、カルテシュカ様」


 「それでキュウちゃん、異物の痕跡はちゃんと調べておいてくれた?」


 「あ、当たり前だろ! 俺っちこれでも仕事だけはちゃんとやる男なんだぜ!」


 「それじゃ異物の痕跡が消えてしまう前に早く後を追いましょう」


「イ、イエッサー!」




 キュウ助の案内の元、異物を追って再び転移した俺たちだったが、やはりと言うべきかそこに異物の姿は無かった。


 そこは地下深くへと続く階段の入り口。



 「……やはり先回りしないと尻尾を掴むのは難しそうね」



 薄明かりの中、カルテシュカは足元に落ちていた一冊の本を拾い上げる。



 「キュウちゃん、もう一度行ってくるわ」


 「おう! こっちのことは任せておきな」



 なんだかんだ言ってキュウ助の事を強く信頼しているのだろう。


胸を叩き送り出すキュウ助にカルテシュカは小さく頷くと俺に視線を送り再び記憶の本の中へと潜っていった。



 

 「――我々にとってこの戦いが最後の戦いとなるだろう!」



 鎧を身に纏った男は聴衆の面前に立つと剣を掲げ鼓舞するように弁舌を振るっている。



 

 「カルテシュカ、この記憶って――」


 「本の年数から言って多分魔王イブリスとの決戦直前の記憶」



 またしても血なまぐさい戦乱の記憶を見せられるのかと思いきや、どうやらそこは魔族との一戦を控えた混成軍の野営地の記憶であった。



 「この記憶の本もカルテシュカが追っている異物が見たものなんだろ?」


 「そう。……微かだけど、この本にも奴の痕跡が残ってた」


 「てっきり俺は魔王が出てくるものだと思っていたけど、そうじゃないんだな」


 「えぇ。魔王に関連する何かを探っているのは間違いないようだけど、これだけじゃまだ手掛かりが足りない」


 


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