忌まわしき赤竜の姫ー25
世界樹ユグドラシルの麓。
波打つように伸びた巨大な根の丘にラフィテアの姿が一人あった。
見上げる先にはサリオン長老の館。
彼女は摘んだばかりの色とりどりの花を添えると静かにそっと手を合わせた。
ラフィテアが何を想っているのか、表情を変えることなくただ黙って手を合わせていた彼女は俺に気づくと手を降ろしゆっくり空を見上げた。
「――ラック様がここにいるという事はこのエルフの里で何があったのかお爺様から聞いたのですね」
「聞いたよ。……ここにラフィテアの両親が眠っているのか?」
「そう、私は聞いています。母を追って私を抱いたまま飛び降りた父は助かるはずもなく急いで駆け付けたお爺様はその見るも無残な姿に言葉を失っていたそうです」
自分の娘を病で亡くし、さらには娘が愛した夫が孫を抱いたまま目の前で飛び降りたんだ。
サリオン長老がどれだけショックを受けたか、俺には想像すらできなかった。
「――しばらくの間、その場で呆然としていたが、どこからか微かに聞こえてくる赤子の泣き声に思わず辺りを見回した。間違えなくこれはあの子の声。……信じられなかった。あの高さから飛び降りて生きているなど奇跡としか言いようがない。
声を辿り私は懸命に辺りを探し回った。
光の届かぬ暗闇の中、その弱弱しい泣き声が消えてしまう前に――。
ララノアが命を賭して繋いだ命を決して失う訳にはいかない。
でなければあの娘が、ララノアがこの世に生を受けたことがまるで意味のないものになってしまう。
私にはそんな気がしてならなかった。
時が経つのを忘れ私は必死になって探し回った。
夜の帳が明け、陽の光が世界樹を照らす頃ようやく私は彼女を見つけ出したのだ。
世界樹の葉に優しく抱かれていたあの子は酷く泣きつかれたのか、何事も無かったように穏やかな顔で眠っていた」
「――何の奇跡か、はたまた只の偶然か。大きな怪我をすることなく私は、いえ私だけが独り生き残ってしまった」
「ラフィテア」
「……ラック様はエルフ族の禁忌をご存じですか?」
「サリオン長老に聞いたよ」
「そうですか。父と母を亡くしお爺様に引き取られ育てられた私に向けられたのは周囲からの奇異の目以外何物でもありませんでした」
空を見上げていたラフィテアは当時を思い出したのか、悲し気に目を細め静かに俯いた。
「禁忌を犯し自ら命を絶った父親と呪いの様な病に犯され死んだ母親の間に生まれた子供。皆が私を恐れ、忌み嫌い、遠ざけるのは当然と言えば当然の事だったのでしょう。――でも、あの頃の私にはどうして皆が私をそんな目で見るのかわからなかった」
サリオンは三本目の葉巻に手をかけ火をつけようとしたが、首を振り葉巻を箱に戻すとゆっくりと蓋を閉じた。
「あの子には本当に申し訳なかったと今でも思っている。私はあの子をもっと守ってやるべきだった。もっと傍にいてやるべきだった。だが、あの頃の私にはどう接したらよいのか、どう伝えればよいのかわからなかった。小さく幼いあの子にどう話をするべきか……。
月日が経ち幸いなことに両親と同じ病も発症せず、ラフィテアはすくすくと育っていた。
ララノアに顔立ちも似てそれは美しい娘に育っていった。
だが、何時の頃からだっただろうか。
ラフィテアの顔から笑顔が消えてしまったのは――。
友や仲間もなく、ましてや一番の理解者たる家族さえいない。
唯一、あの子が本当に心を開いていたのは侍女のアンナだけ。
私に心配を掛けまいと無理をし平然を装っていたのかもしれない。
あの子は私が思っている以上に孤独だったのだろう。
そんなあの子は奇異の目を嫌い毎日部屋に籠りただひたすら勉学に明け暮れていた。
あの子を誘いに来るものなど誰一人としていない。
そんな日が何年も続いたある日、ラフィテアは意を決した様子で私の部屋の前に立っていた」
「――お爺様、私、この里を出ようと思います」
とうとうこの日が来たかとその時私は思ったよ。
あの子がその言葉を口にした時、私は何も言えなかった。
ただ私はラフィテアを見つめ真っ直ぐ頷くしか出来なかった。
「止めたりしないのですか?」
「私にお前を引き止めたりする資格などない。お前はもっと自由に生きるべきだ。お前が出ていきたいと思うならそうすればいい。……ただ、どうしてこの里を出たいと思ったのか理由を聞かせてくれないか?」
「――理由、理由ですか。……私は母様や父様がかつてこの世界でどんな景色を見ていたのか知りたいと思ったからです」
「景色を?」
「はい。病に犯され、そして母様を追うように世界樹から飛び降りた父様。皆に忌み嫌われるように亡くなった二人ですが、母様と父様は皆からとても慕われていたとアンナに聞きました。そんな二人が夢中になって旅をしたこの世界を私も見て回りたいと思ったのです」
「……ラフィテア。お前はもう全て知っているのだな」
「はい。アンナに聞きました。あまり口にはしたがらずアンナも拒んでいたのに彼女には申し訳ない事をしました。ですが父様や母様の昔の話もいっぱい聞かせてもらいました」
「そうか」
「それから母様と父様二人が付けていたこの日記」
「日記?」
「はい。アンナがいつの日か私に渡せるようにと大事に大事にとっていてくれた物です」
「そんなものがあったのか」
「はい」
「……ラフィテア、すまなかった」
「お爺様!? どうか頭を上げてください。お爺様が頭を下げる理由など何もありません」
「いや、ある。私はあの二人をララノアと、ギルを助けることが出来なかった。お前の父の手を掴むことが出来なかった。お前にいっぱいいっぱい辛い思いをさせてしまった!」
「……お爺様」
「本当に申し訳なかったと思っている。……今更許してくれとは思わないが、これからはお前が思う様に自由に生きなさい。かつてお前の父や母がそうであったように」
――ラフィテアはもう一度両親に手を合わすと何事も無かったように立ち上がった。
「私がこの里を出たのは里のすべてが嫌になったからではありません。もちろんいい思い出なんてなかったけれど、父様や母様が愛したこの里を嫌いになんてなれなかった。それに皆が皆私を遠ざけていたわけじゃなかった。お爺様、アンナ、それに――。私は自分の目で世界を見たかった。母様や父様が愛した世界をこの目で」
「ラフィテア、行っておいで。そしていつでも帰ってきなさい。ここはお前の故郷なんだから」
「はい、ありがとうございます。お爺様」
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