領主のお仕事―18
黒刃を構え立ち塞がる俺を前にニグルムは目を細め注意深く観察していた。
「――その力、かつて一度だけ見た事がある。……そう、あれは確か“絶望のイブリス”だったか」
絶望のイブリス?
こいつは一体何を言っているんだ。
「お前がどこでその力を手に入れたのか多少興味はあるが、今はお前の相手をしている暇はない」
「俺もお前と争うつもりなど毛頭ない。だからもう一度俺の話を聞いてくれないか」
俺の問いにニグルムの答えは変わらない。
「必要ない。人間の領主よ、私の邪魔をしたら容赦はしないとそう忠告したのを覚えているか?」
ニグルムはそう答えるとこちらを向き真っ直ぐ一歩一歩近付いてくる。
もう、後には引き下がれないか。
小刻みに揺れる切っ先、指先から掌、そして腕を伝い足の先まで全身震えが止まらない。
――これがあの竜族の力。
肌にまとわりつく様な殺気。
ただ対峙しているだけなのに本能が恐怖しているのが分かる。
脳が”今すぐに逃げろ”と緊急信号を送り続けている。
逃げろ、逃げるな、逃げろ、逃げるな。
俺の頭の中で相反する思考が繰り返される。
だが、ここで逃げたらもう一生ヴェルを守る事なんて出来やしない。
その想いだけが俺をなんとか踏み止ませる。
俺は下唇を強く噛み意を決すると、まるで隙だらけのニグルムに渾身の一撃を振り下ろしていた。
「――愚かな」
こちらを見ることなくただ真っ直ぐ前を向いていたニグルムはそう一言小さく呟いた。
目の前には血に汚れた地面が広がる。
ほんの少しでも身体を動かそうものなら全身に電気が走り思わず激痛に呻き声が漏れ出る。
何が起こったのか。
短剣を振り下ろした刹那、黒刃がニグルムに触れる直前俺の身体は何か得体のしれぬ巨大なものに押しつぶされて激しく地面に叩きつけられてしまった。
まるで巨大な竜の足にでも踏み潰されてしまったかのような感覚。
俺は動けぬ体で何とか首を傾け僅かに空を見やる。
そこにはニグルムが冷たい目でこちらを見ていた。
「ゴホッ、ゴホッ」
せき込むたびに口の中に錆びた鉄の味が広がっていく。
これが無謀にも竜族に挑んだ人間の末路か。
何を言うでもなく倒れ伏した俺の脇をそのまま立ち去ろうとするニグルムにそれでも俺は奴の足首を掴もうと必死になって手を伸ばす。
掴んだところでニグルムを止めることなど出来やしない。
ヴェルを助ける事はも出来ない。
そんな事は分かっていた。
だが、どうしても俺はこの手を伸ばさずにはいられなかった。
――再び身体に激痛が走る。
俺の手がニグルムに触れようとした刹那、俺の身体はニグルムに容赦なく蹴飛ばされ風に舞う木の葉のように軽々吹き飛ばされていた。
宙に浮く身体。
「――いやぁぁぁぁぁぁ!」
それは村中に響き渡るほど大きな悲鳴だった。
蹴飛ばされた俺の身体は埃を巻き上げながら地面を何度も何度も転がると何かにぶつかりようやく止まっていた。
全身の骨が砕け朦朧とする意識の中、少女が俺を抱きしめ泣いている。
赤い瞳の少女は自分の怪我など構わずに俺を地面に優しく横たえるとふらつく身体に鞭を打ちニグルムの前に大きく立ちはだかっていた。
「……許せない。どうして、どうして私の大切な人にこんな酷い事を!」
翼を広げ尾で地面を激しく打ちつけ威嚇するヴェルに対し、それでもニグルムは一切表情を変えず、また歩みも止めない。
「その力、やはり危険だな。いつかその力は制御しきれず暴走し、所構わず、誰彼構わず衝動に駆られすべてを破壊していくだろう。――そうなる前にお前は死ぬべきなのだ」
「うるさい! うるさい! うるさいぃぃぃっ! シーナをよくも! パパをよくも! 絶対に許さない! お前を殺ス!」
爪を立て、牙を剥き出しにヴェルは唸り声をあげると力いっぱい地面を蹴り上げ、ニグルムに向かって大きくその腕を振り上げた。
「……許さなくていい。許す必要もない。なぜなら、私はお前を殺さなくてはならないのだから」
鋼鉄の鎧さえ切り裂くヴェルの剛腕を片手で軽々受け止めたニグルムは再び少女の首を鷲掴みにすると憐みの目を向け、そのまま思い切り地面へ叩きつけていた。
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