領主のお仕事―17
「――シーナ!」
俺は急いでシーナの元に駆け寄ると慎重に彼女を抱き寄せる。
「ん、くっ、ぁっ、っぁぅ」
苦痛に顔を歪ませるシーナを前に俺の鼓動は耳が痛くなるほど早くなっていた。
「ラック様、シーナは!?」
「――大丈夫だ。ラフィテア、悪いがシーナを頼む」
「は、はい」
今の自分が一体どんな顔をしているのか。
この場に鏡があったなら、きっと自分でも驚くほど怒りに満ちた表情をしていたに違いない。
「ドワ娘、お前は手を出すんじゃないぞ」
「手を出すなって。おぬし、一体なにをする気じゃ!」
袖を掴み制止しようとするフレデリカの手を振り払うと、俺はシーナを託し立ち上がる。
なにをするって?
そりゃ決まってるだろう。
俺の大切な人達に手を出したんだ。
彼らを守る為だったら俺はいくらでも無茶するさ。
それが例え竜族相手だったとしてもな。
「ニグルム様、どうかその手を放してもらえませんか?」
ヴェルを掴み放さぬニグルムを前に俺は短剣を引き抜くと躊躇なく奴の首元へと刃を突き付けた。
「……これは一体何の真似だ、人間の領主よ」
僅かに怒気を孕んだニグルドの目玉がぐるりと動くとそれに合わせて男はゆっくりとこちらに顔を向けた。。
「何の真似? それはこっちの台詞です。彼女は、ヴェルは俺にとって大切な家族。その家族をただ守ろうとしているだけです」
「家族? コレがお前の? ――ふんっ、笑わせてくれる。コレはお前たちとは違う。コレは不幸しかもたらさない竜族の忌み子だ」
「あなたにとってはそうなのかもしれないが、俺にとってヴェルは大切な家族だ」
「お前は何も分かっていない。コレは不幸をもたらす存在。いつかコレがお前の大切なものすべてを奪った時にお前は今と同じセリフを言えるのか?」
「俺はヴェルを“不幸をもたらす存在”になんてしない」
「どうやって?」
「そ、それは」
口籠る俺にニグルムは酷く冷めた目で見下した。
「ふん。口だけならどうとでも言える。――とにかく私はコレを連れ帰る。ただ、それだけだ」
「ヴェルを解放して、もう一度俺と話をしてくれませんか?」
「断る。これ以上お前と言葉を交わしたところで何も生まれないし、なにも変りはしない」
「どうしても?」
「二度はない」
「……そうですか」
ニグルムの言葉は酷く真っすぐで、そして決して揺るがぬ強い意志が宿っている。
俺は覚悟を決め柄を握る手に力を込める。
――ならしかたない。
俺はやっぱり馬鹿野郎だ。
ひとりの少女の為にあの竜族にこれから喧嘩を売ろうって言うんだからな。
「――!」
狙い定め鋭く振るった刃がニグルドの首に命中する。
突き刺さったはずの短剣。
だが何かおかしい。
ニグルムは斬撃を受けたというのにこちらを見たまま微動だにせずに立っていた。
「お前の刃など到底私には届きはしない」
ニグルムの言葉通り短剣の刃は奴の肌に触れた瞬間、金属音と共にはじけ飛び、折れた刃が地面に虚しく転がり落ちていた。
勿論、俺だって竜族相手にこの程度の攻撃が通用するとは思っていない。
まともにやり合ってこいつに勝てるなんてことは万に一つもないのだ。
でも、だからってここで諦める。
引き下がっていい理由になんかならない。
だったら最初から喧嘩など売りはしない。
「――クロ、頼む。力を貸してくれ」
呼びかけに応じ影から現れたクロは竜族を前にこれと言って慌てることなくいつもの様子で俺の肩に飛び乗ってきた。
「――魔族の次は竜族が相手だなんて、ご主人様も大変だね」
「まったく、困ったもんだ」
「分かっているとは思うけど、今のご主人様じゃ竜到底族には及ばないからね」
「そう、だろうな」
「わかってるんならいいけど。ご主人様、間違っても死んじゃだめだよ。ご主人様が死んじゃったらクロも消えてなくなっちゃうんだからね」
「あぁ、気を付ける」
やれやれと言った様子で首を竦めるとクロの影は折れた刃に纏い、短剣は深淵の黒刃へと姿を変える。
アザトースとの戦いで見せたあの黒刃の力。
俺は全身の魔素を剣先その一点に集中し、一気に飛び込みニグルムの腕目掛け剣を振るう。
手にした黒刃が音もなく地面に落ちた影を切り裂くと、その切れた影と同じように目の前の地形も断裂し崩れ落ちていく。
空高く投げ出されたヴェルの身体をドワ娘は慌てて駆け出しキャッチする。
先程まで一切避ける素振りを見せなかったニグルムだが、危険を察知したのか咄嗟にヴェルを放すと寸でのところで俺の黒刃の斬撃を回避していた。




