領主のお仕事ー3
「――ボク、もう、ダメかもしれない」
そう言うとノジカは手を伸ばしながら地面に倒れ伏した。
「おい、ノジカ、ノジカ! どうしたんだよ! ノジカぁぁぁ!」
オズワルドの協力を得た俺は一旦エンティナ領の事を任せサビーナ村に戻ることにした。
直ぐにでも復興に取り掛かりたいところだったが、まずはオズワルドに現状を把握してもらい優先的に解決しなければならない問題を取りまとめてもらうことにした。
限られた資金、、資材、人材、時間の中で効率よく進めていくためにはどうしてもこの作業は欠かせない。
その上で会議を開き進めていく。
こう言っては何だが正直それまで俺にはあまり出番はない。
勿論、定期的に報告書を送ってもらい情報が共有できるようオズワルドには頼んである。
そんな訳で懐かしの我がオルメヴィーラ領に戻ってきたわけだが、俺は更に緑豊かになったこの地の風景に驚きを隠せずにいた。
冬から春、春から夏へと季節が移り変わりこの辺りもだいぶ暖かくなってきた。
それに伴い、未だ朝晩冷え込むこともあるが、日照時間も長くなり草木も元気よく育っている。
以前この場所は北にそびえ立つ大ルアジュカ山脈のせいで雨もほとんど降らず乾燥し干乾びた荒野であった。
実際今でもあまり雨が降ることは無い。
これは地形的、気象学的な問題であり、俺たちの手でどうこう出来るものではないと諦めている。
では、なぜそんな不毛の大地がこのように生まれ変わったのかといえば、それは地下を走る水脈のおかげに他ならない。
長き冬、豪雪で覆われた高き山脈、ルアジュカ。
春になるとその雪は解け出し地下水脈を通してこの大陸全土に流れ出る。
全ての命を育む恵みの水。
だが、不運な事にその雪解け水はこのオルメヴィーラ領の地下を流れることはなく、この地を潤すことは無かった。
しかし、俺とドワ娘の努力の賜物によってその地下を流れる水脈の向きを変えることに成功し、今ではこうして緑が生い茂り、豊かな作物が収穫出来るまでになった。
とはいえ、水脈の流れを変えただけすぐに植物が育つというわけではない。
一度死んでしまった大地を蘇らせるのは並大抵のことではないのだ。
豊かな大地は森が育てると賢人は言う。
地深くに根を張った樹木が地下水を吸い上げ、大地を潤す。
落ちた枯葉や枝は肥料となり、肥えた大地に新たな命が芽吹く。
小動物や虫たちは枝になる木の実を、花の蜜を、そして草や葉を食べ、この地を豊かにしていく。
この自然の循環を数十年、数百年経て荒野は生きる大地へと変わる。
だが、もし一度でもその連鎖が途切れてしまえば……。
まず俺が着手したのは大小さまざまな岩を撤去し地面を慣らすことだった。
地面を耕し、肥料を与え、水を撒き、ゲーム内で採取していた緑葉樹の苗を一本一本丁寧に植えていく。
やがて地中深くに根を張ったその木はすくすくと成長し豊富な地下水をゆっくりと吸い上げる。
適度に雨が降る土地ならばこれだけで十分なのだろうが、ここではさらに湖から水路を引くことで、いつでも水を撒けるよう施した。
いつしか大地に新たな命が芽吹き、白や黄色の花が咲く。
夜明けと同時に人々は大地を耕し、肥料をまき、種を植え、水を撒く。
俺がゲーム内から持ち込んだ植物の成長速度が異常に速いとはいえ、この鮮やかな緑の景色はすべて領民たちの努力のおかげだろう。
こうした緑地化や農地開発を着実に進める為、俺は以前から村の有志を集め定期的に講習会を行い指導していた。
ハッキリ言ってこのだだっ広い荒野を一人でどうこう出来はしない。
知識を広め、みんなの力を借り毎日毎日コツコツと進めていく他ないのだ。
ドワーフは培ったその技術を教え、互いに協力し街道整備を進めていく。
この村を、そしてこの地をより良くしたいという皆の気持ちがいつの間にか大きな輪となって広がっていた。
そんな一丸となった彼らの先頭に立ち全体の指揮を執っていたのが、そう、目の前で意識を失い倒れ込んだ猫人族のノジカ・コーニッシュなのだ。
言わずと知れた有名建築家の一人娘。
俺がサビーナ村に帰ってきて早々目の前で大袈裟に倒れ力尽きるノジカ。
慌てて駆け寄り肩をゆするが一向に反応はない。
どうしたものか困りあぐねていると、メリダが俺を押しのけノジカの額にそっと手を当てる。
みんなの視線が集まる中、メリダが検診を終えると彼女は何も問題ないとばかりに首を横に振ってみせた
「ただ寝ているだけですわ、彼女」
「……は? 寝てる?」
予想外の答えに俺は思わずメリダに聞き返していた。
「えぇ、寝ていますの。余程疲れていたのではなくて? しばらくベッドで寝かせてあげれば、きっとそのうち目を覚ましますわ」
余程の事があったのではないかと心配したが、なんだ、疲れていただけなのか。
「まったく久しぶりの再会じゃというのに、人騒がせなやつじゃの。まぁ、わらわは静かで助かるがの」
「心配なら心配と素直にそう言えばいいのに」
「ふん!」
さて、何にしてもまずは何処かでノジカを休ませる必要があるな。
相変わらずのドワ娘は放っておくとして、俺は眠ってしまったノジカを起こさぬようにそっと抱きかかえた。
「ラック様、まずは屋敷に戻られては?」
「そうだな、それがいいか。いつまでもここにいると身動きが取れなくなりそうだしな」
「領主様、お帰りなさいませ!」
「お帰りなさい、領主さま」
「あぁ、ただいま」
「領主様、あとでうまい酒持っていくからよ! 楽しみしていてくれよ!」
「ありがとう」
俺が戻ってきたことをどこから聞きつけたのか、村中の領民がどんどん集まってくる。
俺は軽く皆に挨拶するとラフィテアの提案に従い、早々にその場を後にする。
「随分と人気者なのですわね」
「領主さま、人気者なんだね、スォロ」
「そうだよ。領主様は人気者だよ、ルァナ」
メリダは何故か驚いた様子で俺の事を見ていた。
「そうか? 別にそうでもないと思うけどな。まぁ、あまり大きな村じゃないからたいていの奴とは顔見知りだからな」
「こんな領主もいるんですわね」
「ん? 何か言ったか?」
「べ、別に何も言ってませんわ」
俺たちが領地対抗戦で留守にしていた間も村への移住者は増える一方で、少し歩いていただけでも新しい店が数件、更地だった場所にも幾つもの家が建ち、ますます賑わいを見せていた。
なるほど。
こりゃ、忙しいはずだ。
ドワーフ達の協力があるとはいえ、急激な領民の増加、日々増えていく仕事量に流石のノジカも追いつかなくなっていったのであろう。
懐かしの我が屋敷に到着し魔導帆船を降りると、それまで深い眠りに落ちていたノジカは大きな欠伸をし寝ぼけた様子で俺の顔を見つめていた。
「ふわぁぁっぁぁ。 あ、ラック。帰って来たんだ。お帰りなさい」
「ただいま、ノジカ」
「そうっかぁ、ラック。やっと帰って来たんだ。そっか、そっかぁ」
確かめる様に俺の頬を何度も撫でるノジカは何だかやけにうれしそうだ。
「ノジカ、目が覚めたんならそろそろ自分の足で立ってくれないか?」
「ふぇ? 自分の足で?」
まだ夢見心地なのか、寝ぼけ眼で尻尾を振りながら俺の顔と自分の足を交互に見ている。
そんなことを何度か繰り返していると、それまでその様子を黙って見ていたドワ娘が突然彼女の尻尾を掴み引き千切らんばかりに思いっきり引っ張ってみせた。
「んぎゃぁぁっぁぁ!」
突然の不意打ちに声を上げ飛び上がったノジカは涙目になりながら自分の尻尾を優しく撫でていた。
「な、なにすんのさ! フレデリカ! ボクの大事な尻尾が取れたらどうするつもりだったのさ!」
「なんじゃ、なんじゃ、大袈裟じゃな。そのくらいで尻尾は取れはせん。それよりちゃんと目は覚めたかの?」
「覚めたよ、もう! いままで一人でずっと頑張ってたボクにこんな仕打ちをするなんて信じられない」
「ふん! 頑張ってたのはわらわたちも同じじゃ。こっちは何度死ぬ目にあったことか」
「うっ、そ、それは大変だったね。で、でもでも、ボクもすっごく頑張ったんだから。村の外、それからこの村の様子、だいぶ変わったと思わない?」
「あぁ、見違えたよ」
「でしょ、でしょ? まだまだ目指す先は遠いかもしれないけど、その土台は着実に固まって来てるよ」
「そうだな、ノジカのおかげだな」
「えへへ、そうでしょ、そうでしょ。あっ、そうそう」
ノジカは大事な事を思い出したのか、掌を叩くと村の奥、更にその奥を指さしてみせた。
ノジカの指さした先、舗装された道をここからしばらく行った先、巨大な布で覆われた見慣れる建造物がそこにはあった。
「やっと昨日完成したんだ。ラックがもうすぐ帰ってくるって聞いたから急ピッチで進めたんだ。だからもうボク寝不足で、寝不足で」
「ノジカ、あれって――」
俺が質問しようと口を開いた瞬間、ノジカは俺の唇に指を当て言葉を遮った。
「あとでちゃんと案内するから。まずは中に入ろうよ。新しい顔もあるみたいだし、みんなに紹介しないとね」
「わかった、わかったよ」
俺は好奇心に後ろ髪を引かれながらも手を引くノジカと共に久しぶりに我が家に足を踏み入れた。




