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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー76







 

 本来ならもうしばらく滞在する予定だったが、今日でこの屋敷ともお別れだ。


 初めは打ち捨てられた廃屋の様な建物だったが、“愛と真心”クティノア商会のティグリス、ルァナ、スォロ達のおかげで長年住んでいた様な居心地の良い空間に変わっていた。


 領地対抗戦でオルメヴィーラ領が優勝していればこの手にある懸札の配当金は莫大な額となり、俺は迷わずこの屋敷をオスタリカの別荘として買い取っていただろう。


しかし、結果はご存じの通り魔族の出現により対抗戦は中止となり、この懸札は只の紙切れになってしまった。


 まぁ、それはさておきこうして皆が無事顔を揃えオルメヴィーラ領に帰ることが出来るのだ。


 しかも、俺は一時的ではあるがユークリッド王にエンティナ領の領主として正式に認められた。


 ルゴールドだけは最後まで反対していたが他の領主達に異論は出ず、上々の結果での凱旋を果たすことが出来る。


 目の前のテーブルにはこの人数では食べきれない程の豪華なご馳走がいくつも並びオスタリカでの最後の晩餐が開かれようとしていた。



 「ルァナ、スォロもちゃんとみんな席に着いたな」


 「はーい、ご主人様。ルァナはちゃんといるよ、ねぇ、スォロ」


 「うん、スォロもちゃんといるよ、ねぇ、ルァナ」


 「よし、それじゃ今日はいっぱい食べて、いっぱい飲んで、明日からの英気を養おう! オルメヴィーラにそしてユークリッドに乾杯!」


 「「「かんぱーい!」」」

 


 こうして何の杞憂もなく笑顔で食事が出来るのは何時ぶりだろうか。



 ――いや、杞憂はある。


それも山ほどに。


 

 だが、今はそれらを全て忘れて楽しもうじゃないか。


 こうした時間は必要だ。


 ストレスは発散しなければいつか心が壊れてしまう。


 明日からまた頑張ればいいのだ。




 「なんじゃ、なんじゃ、メリダ! おぬし、まさか酒が飲めんのか!?」


 「飲めないと何か問題でもありますの?」



 まだ乾杯して間もないと言うのにすでに顔を赤らめたドワ娘は巨大なジョッキに入った果実酒を一気に飲み干すと上機嫌な様子でメリダに絡み始めた。



 「かぁぁぁぁ、酒の味が分からぬとは、おぬしはまだまだ子供じゃの!」


 「別にわたくし子供で結構ですわ」


 「なんじゃ、その反応は。まったく詰まらん奴じゃの」


 「はい、はい。それよりもフレデリカ、あなたはまだ病み上がりなのですから、お酒は程々にした方がいいですわよ」


 「はぁ? メリダ、おぬしは何を言っておる。酒は昔から百薬の長と言われておってな、つまり飲めば飲むほど身体に良いのじゃ!」


 そう言って再びジョッキに酒を注ぐと、ドワ娘は酒を胃袋に流し込んでいく。


 「はぁ。まっ、フレデリカがそう言うならもう何も言いませんけど、何事も程ほどに」


 そう忠告するとメリダはこれ以上ドワ娘に絡まれまいとさっさと自分のグラスとお皿を手に取り別の席へと移っていった




 「セレナお姉さま、お隣失礼致します」


 「え、あぁ、どうぞ、メリダ」



 皆が笑顔で酒や料理に舌鼓を打つ中、一人どこか沈んだ様子のセレナをメリダは酷く心配していた。


 「セレナお姉さま、腕の傷はまだ痛みますか?」


 「えぇ、少しだけ。でもメリダのおかげでだいぶこの腕にも慣れてきました。本当にありがとう、メリダ」


 「そんな。……わたくしは何も」


 どこか儚げなセレナの笑顔。


 もちろん表面上ではいつもの優しく美しいセレナだったが、メリダにはどうしても彼女が心から笑っている様には思えなかった。



 「お姉さま! もし、その、わたくしに、わたくしに出来る事があるなら遠慮なく仰ってくださいね。わたくしお姉さまの頼みでしたら何だってするつもりですわ」


 「……メリダ、いつまでもあなたに心配をかけてしまって、ごめんなさい。でも私は大丈夫です。ロアが私の中にいて、あなたたちが傍にいてくれるのですから」


 「お姉さま」



 杞憂。


 そう思わせるほど自然な笑みがメリダを少し安心させた。



 「――セレナ、おぬしもあまり酒が進んでいないようじゃ、な!」


 誰にも相手にされず寂しくなったドワ娘はわざわざメリダの後を追ってくると、折角の良い雰囲気をぶち壊すように二人の間にジョッキをドンッと置いてみせた。



 「あなたはどうしてわたくしの邪魔――」


 「セレナ、そんな甘い菓子でよく酒が飲めるの?」


 強引に間に割って入ったドワ娘は鳥の唐揚げを摘まみに酒を一飲みするとメリダの言葉を遮りセレナに話しかけていた。


 

 「そうですか? 結構お酒に合うと思うのですが……。フレデリカも一つ試してみます?」


 「この甘ったるそうなのが酒に、のう?」


 訝し気な顔で皿に乗った小さな菓子を一つまみすると、ドワ娘はひょいとそれを口に放り酒を流し込んでいく。

 


 「ん? もぐもぐもぐ、ごっくん。うむ、なるほど」


 何がなるほどなのかよくわからないが、何も言わずにもう一つ菓子を手に取ると再び酒に手を伸ばす。


 どうやらドワ娘のお眼鏡にかなったようで、それから続けざまに手を伸ばしていく。


 「気に入ったようで何よりです」


 「セレナ、おぬし中々やるではないか」


 「ありがとうございます」


 「時にセレナ。聞くところによると何でもオルメヴィーラの一員に加わることが決まったようじゃな」


 「え? えぇぇぇぇぇえ!?」


 

 隣に座っていたメリダは驚きのあまり思わず声を上げ、ドワ娘に覆いかぶさるように立ち上がり身を乗り出していた。



 「お、重い! 重いぃぃぃ!」



 まだ誰にも言っていなかったのに、ドワ娘の奴どこで知ったのか。

 

 「ほ、本当ですか!? セレナ様!?」



 あのいつもは冷静なラフィテアでさえ驚きを露わにしている。



 「えぇ、フレデリカの言う通り私は聖リヴォニア騎士団を離れ当分の間ラック公に仕えることになりました」



 「……セレナ様がオルメヴィーラに」



 怪我を負ったセレナと離れるのが心配だという気持ちもあったのだろうが、それ以上にこれからまた一緒に居られるのが嬉しかったのだろう。


 ラフィテアは祈るように両手を握るとセレナを見つめ満面の笑顔を浮かべていた。








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