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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー69








 伸ばした舌で口の周りの血を舐めとるとアザトースは周囲を見渡しため息を付いた。


 「――もう残りはオルメヴィーラの領主と獣人の子供の二人。これではたいした余興にもならない、残念」


 

 これが余興?



「……さて、次はどちらの獲物を狩る、苦悩」

 

 

 俺の目の前で何が起きている。


 セレナは右腕を失い、メリダは絶望に声を上げ、ドワ娘も傷つき倒れ伏している。



 次の獲物?


 ふざけるな。



 もうこれ以上、誰もやらせない。



 「――クロ、頼む。俺に力を貸してくれ」



 影を通して流れ込む俺の感情にクロが無言でうなずくと怒りに震える刃にクロの影が纏い、短剣は深淵の黒刃へと姿を変えた。


 俺は全身の魔素を一点に集中し、一気に飛び込み剣を振るう。


 手にした黒刃が闘技場の落ちた影を切り裂くと、その切れた影と同じように闘技場の壁が大きく斜めに断裂し崩れ落ちていく。

 


 剣を放ったその刹那、アザトースの姿にロアの記憶が蘇る。


 

「――助けて、お願い、だれか皆を助けてよ」



 黒刃が夕日に伸びるアザトースの影を首元から断つと、奴の頭部が再び地面に転がり落ちる。


 なぜ首を失ったかのさえもわからず立ち尽くす肉体。



  ――だが、これでも、この程度でこいつが倒せないのは分かっている。



 なら、死ぬまで、二度と動かなくなるまでひたすら切り刻むだけ。



  もう一度黒刃を振り上げると、今度は胴体を両断する。



 「不思議な力、やはり面白い、興味」



 だが、いくら力を込めようとも黒刃はこれ以上前に進まない。



 アザトースに掴まれた俺の手首がミシミシと音を立て悲鳴を上げている。



 「――決めた。あの獣人から殺すとしよう、これは決定」


 「くっ! ヴェルを、ヴェルをやらせるかよ!」


 「安心して。私はちゃんと順番は守る。次はお前、オルメヴィーラの領主」


 「クソがっ!」


 「あまり暴れると殺してしまうから、お前はあそこで、見物」


 「なっ!」



 アザトースは俺の手首を掴んだまま無造作に腕を振り上げると俺の身体は軽々宙を舞い、闘技場最上段の観覧席まで放り投げられてしまった。



 「これで邪魔者は、排除」



 落ちた首を再び拾い上げ、未だに目を覚まさぬヴェルの首を掴み持ち上げると、アザトースはなぜか興味深そうに少女の顔を幾度も観察している。


 「もう死んで、いや、寝ている? 何故。この獣人の娘、いや、何か不思議な匂いがする。こいつは、もしかすると――」


 「う、うぅぅ」

 

 首を掴まれ少女は抵抗も出来ず苦しそうに小さく声を漏らす。



 「どちらにしろ、殺しておいた方が良いのは、賢明」



 アザトースはもう一度ヴェル全身を見回した後、一人頷き首元に鋭い爪を突き立てる。



 「ヴェルに、ヴェルに手を出すなぁぁぁっぁぁ!」



 観覧席の最上段に投げ飛ばされるや否や、俺は瞬く間もなく駆け下り闘技場に飛び降りると、一気に加速しアザトースの背後から心臓目掛け黒刃を突き刺した。



 魔族の瘴気に充てられたからなのか、それとも俺の声がヴェルに届いたからなのか、ようやく少女は長い夢から解き放たれ、ゆっくり目を開け俺の名を呼んだ。



 「――パパ」 


 「よ、かった、目が、覚めたんだな、ヴェル。すぐに、助け、る、から待っててくれ、よ」



 身体の至る所が異様に熱い。


 激しい痛みが腹部を襲う。



 ヴェルの眼に映るはアザトースの身体を貫通し目前に迫った黒の刃と鋭く伸びた不気味な爪が俺の身体を貫き地面に突き刺さる痛々しい姿だった。

 


 「――お前は次の番だと言ったのに、残念。でも結局、私に殺されるのは、運命」


 「黙れ。死ぬのは、お前だ」



 突き刺した心臓を抉るように剣を捻るとアザトースはヴェルを投げ捨て、もう片方の爪も俺の身体に突き立てる。


 

 地面に転げ落ちたヴェルは状況が理解出来ず、混乱したまま辺りを見渡す。



 腕を失い傷つき地に伏せるセレナ。


観覧席で動かなくなったフレデリカ。


ボロボロの姿で泣き叫ぶメリダ。



 闘技場を覆う血と魔族の臭いにヴェルは嘔吐し、それから尾を振り上げ怒りをあらわに激しく咆哮した。



 「ヴ、ヴェル、逃げろ、逃げる、んだ」



 その咆哮は千里を駆け、山を越え、大地を震わす。



 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、よくもよくも、パパを! パパを! ――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、許さない、許さないっ! 絶対にお前を、ユルサナイ!」



 アザトースはまるで興味が無くなったと言わんばかりに俺を蹴飛ばし背を向けるとヴェルを見つめ狂喜していた。



 「やはりお前は。しかしどうしてこんな所に――。それに見たところまだまだ子供。けど、この出会いは幸運。もう他の者などどうでもよい。この眼とお前があればそれで、十分」


 「……ウルサイ、黙レ」


 「黙ってついてくるなら私はこの場にいる全員を見逃してやる、これは、約束」


 「ウルサイ、黙レ。黙レ、黙レ、黙レ、ダマレぇぇぇぇ!」


 「どうやら力ずくで捕らえて連れ帰るしかないか、残念」


 「殺ス、殺ス、殺ス! お前は絶対にユルサナイ!」



 怒りに震えるヴェルはアザトースの言葉に耳を貸すことなく口を開け大きく息を吸い込むと、それと同時に膨大な光の粒子がヴェルへと集まり、収束し解き放たれた光が世界のすべてを両断した。



 空は割れ、大地は溶け、遮る山は跡形もなく消滅した。



世界の終演を向かんばかりの凄まじい破壊力にアザトースも驚きの色を隠せずにいた。



 「――まさか、ここまでとは、驚愕」



 咄嗟に飛び退き直撃は回避したものの、空にあるアザトースに右腕はなく光の線に切断されその片腕は黒く焼けこげ地面に転がり落ちていた。

 

 「……幼いとは言えどうやら今の私では勝ち目は薄いらしい。しかし、竜族を前にして手ぶらで帰るのも、忸怩」



 右腕を失った肩を抑え闘技場を眼下に見るアザトースにヴェルは小さな紅い翼を広げ飛び立つと一瞬で奴を捉え対峙する。



 「……逃ガサナイ。殺ス、殺ス!」


 

怒りに支配された少女の眼に映るのは強い憎悪のみ。


アザトースを殺すためヴェルは先ほどとは比較にならない程の膨大なエネルギーを集め収束させていく。



 「どうやらこれ以上ここにいるのは危険。この身体、この眼を失う訳には絶対にいかない。残念だけど右腕も今は、断念」



 「逃ガサナイ、逃ガサナイ! コレで終ワりダ!」



 「私も少し見くびっていた、反省。でも、彼らを巻き添えに私を攻撃出来る?」



 ヴェルを前にアザトースは突然身を翻し反転すると、先ほど出来た大地の深い切れ目に飛び込みそのまま姿を消した。


 ヴェルは咄嗟に向きを変え光の咆哮を空に撃ち放つと、闇夜に一筋の星が流れ輝いた。


 「ヴェル!」



 ゆっくりと地面に降り立ったヴェルはふらつきながらも心配そうに俺の元へと駆け寄る。



 「――ごめ、ん、なさい、パパ。あいつ、逃がし、ちゃった」


 「大丈夫だ、気にするな、ヴェル」


 「ぱ、パパ、怪我ハ、大丈夫?」


 「あぁ、心配ない」


 「そう、よ、かった」



 笑顔でそう言うとすべての力を使い果たしてしまったのか、ヴェルは崩れ落ち俺の腕の中で再び深い眠りに落ちた。







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