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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー68






 「お、お姉さまの腕が、腕が、腕が! いやぁぁぁぁぁっぁあぁぁぁぁぁぁ!」


 

 メリダは叫び声をあげ顔を濡らしながら懸命に手を伸ばす。



 一人逃げて生き延びろ?


 誰が、


 どうして、


 何のために?


 それに一体何の意味がある。



 ――いや、きっと意味はあるのだろう。




 目の前にあるどの選択肢が、どの世界線が正しいのかなんて俺には分からない。


 領主ならば、上に立つ者ならばきっと正解を選び非情な決断もする。


 そういうものが領主になるべきだ。



 だが、俺にはこの先そんな事は一生出来そうもない


 常に冷静さを持ち、状況を理解し、最善を選ぶ。


 冷静?


 そう、俺は冷静でいるべきなんだ。



 だが、俺は考えるよりも先に武器を手に取ると猛然とアザトースに斬りかかっていた。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ。セレナお姉さま、セレナお姉さま! どうして、どうして、こんなことに!」



 メリダの手は震えセレナの血で赤く染まっている。



 「早く手当てしないとお姉さまが! お姉さまを連れて避難してそれから――。いえ、落ち着くのよ、落ち着くの、メリダ。取り敢えず、まずは止血、止血よ」



 メリダは自分の着ていた衣服を躊躇なく破ると、呻き声を上げるセレナの肩に強く押し当てる。



「次はどうするの、メリダ。――いまならまだお姉さまの右腕も元に戻るかもしれない」



 時間が経てば経つほど当然腕を接合するのは難しくなる。


 彼女の判断は実に一瞬だった。


 メリダは一秒たりとも時間を無駄にしまいと残った切れ端でセレナの肩口を強く縛り上げていく。


 傷口に当てていた布はあっという間に真っ赤に染まり、ぽたぽたと血が滴り落ちている。



 鋭く振り上げた短剣が動作なく躱されると、アザトースはこちらを向くことなく腕を軽く水平に薙ぎ払った。


 鈍い音と共に攻撃を受け止めた二刀の短剣の刃はひび割れ、俺は数メートル以上も吹き飛ばされてしまっていた。



 「メリダ! 何をしてる、早くセレナを連れて逃げるんだ!」


 「嫌ですわ! ここでお姉さまの右腕を治療しないと、もう二度とお姉さまは剣を握れなくなってしまいますわ!」


 「剣を? そんな事言ってる場合か!」


 「いいえ! 剣はお姉さまにとって命そのもの。わたくしがこの命に代えても治しますわ!」



 俺の言葉などもうメリダの耳には届かない。


 メリダはセレナの元を離れるとただ一心不乱に彼女の腕を求め走った。



 「セレナお姉さま、このメリダが今すぐ治して差し上げますから、どうかどうかもう少し辛抱してください」



 転がる右腕はまだ生暖かい。



 「まだ、まだ間に合いますわ」



 自分に言い聞かせるように呟きメリダが腕を掴もうとしたその刹那、セレナの腕は眼前から忽然と消え去ってしまった。



 「えっ!?」



 メリダは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。



 「――何をしている? これは私の獲物」



 眼前には爪先でセレナの腕を摘まみ上げるアザトースの姿。



 「獲物ですって!? ふざけるんじゃありませんわ! セレナお姉さま、お姉さまの腕を返しなさい!」


 「この腕を切り落としたのは私。つまりこの獲物は私のもの、理解?」


 「理解? ――理解なんて出来るわけありませんわ!」



 より一層沸き立つ激しい怒り。


 次の瞬間、足元に円を描き構えた少女は標的目掛け拳を放っていた。



 「――メリダ!」



 ゼロ距離の一撃。


 だが、それでも六眼の前ではメリダの拳さえ掠りはしない。

 

 メリダが己の拳が届かなかったことを理解した時には既に彼女は数十メートル以上も地面を転がり吹き飛ばされていた。



 「あ、、あ、ぁ、あ、あぁっ、あぁっ、お、お姉さま」



 辛うじて致命傷にはならなかったものメリダは何度も何度も地面に身体を激しく打ちつけ、まともに立つことさえままならない。



 「お、お姉さまの腕をか、返しなさい!」


 「この腕はそれ程大切? でもこれはやはり私の獲物、当然」

 

  

 アザトースはセレナの腕を高く持ち上げると顔を上に向け大きく口を開けてみせた。


 「何をするつもりですの! ま、まさか!? 止めなさい、止めて! 止めて! 止めて! お願い! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 メリダの願いも虚しくアザトースはセレナの右腕をかみ砕きながらすべて飲み込んでしまった。



 それはメリダにとって絶望そのもの。



 涙を流し、口を大きく開け放心状態のメリダはゆっくり膝を付くと呻き声を上げた。





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