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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー67






 セレナはとっくに限界を超えていた。


 ロアとの戦いで体力、魔力を使い果たし、こうして剣を握り立っているのが不思議なくらいだ。


それでもなお彼女は一歩たりとも引こうとはしなかった。




 ドワ娘の顔に一切余裕は見受けられなかった。


 確かにアザトースは岩拳に押しつぶされ圧壊したかのように見えた。


 しかし、地の底から静かに響くロアの声。



 「――見事な連携、賞賛。けれど、やはり私の相手をするには役不足、遺憾」

 ゆっくりと持ち上がっていく巨石兵の拳。


拳の下から姿を現したアザトースはそのか細い腕で巨石兵の攻撃を受け止めると、地面に出来た巨大なクレーターを脱しゴーレムの巨体を押し戻し始めた。



 数十倍以上も体格差のある攻撃をもろともせず、それどころか逆に巨石兵の方が力負けしている。



 「何という馬鹿力! こうなれば拳が砕け散るまで殴り続けるだけじゃ!」



ドワ娘がもう一度トネリコの杖を振るうと、押し退けられた巨石兵は再び腕を大きく振り上げ今度は止まることなく何度も何度も左右交互に殴りつけていく。



 それはたった一撃で大地が深く抉れる程の激しい攻撃。


 振り下ろされるたびに会場は揺れ立っている事さえままならない。



 だが、アザトースはそこに不可侵の絶対領域が存在するがごとく、巨石兵の全ての攻撃を弾き返し平然と前へ進む。



 そして目の前には行く手を遮る大岩の如きゴーレムの壁。



 巨石兵は両の手を組み天高く振り上げるとそのまま足元の小さな標的に向かって勢いよくその拳を振り下ろした。



 ――心眼


 それは魔素や力の流れを読み解く六眼の力。


 

 

 

 巨石兵は術者の魔素によって生み出される傀儡のゴーレムであり、核から流れる魔素が尽きるまで主の命令を忠実にこなす僕と化す。


 魔力の核さえ破壊すれば巨石兵の身体は崩壊し倒すことは出来るが、核一点のみを正確に狙い定めるなど人の技では不可能。



 アザトースは巨石兵の攻撃を難無く躱すと切り落とされたはずの人差し指の爪を立て、おもむろに巨石兵の体内に撃ち込む。



 「――まさか!?」


 「六眼を使えばこんな泥人形、私の相手ではない、理解?」



 突き刺した右腕がゴーレム奥深くに達し、アザトースは造作もなく魔力の核を破壊する。


力を失った巨石兵はその動きを停止させると、あっという間に崩れ落ちただの瓦礫と化す。



 巨石兵を失い地面に叩きつけられたドワ娘は起き上がる間もなくアザトースに首を掴まれ持ち上げられると、そのまま首を絞められ意識を失ってしまった。



手足をぶらんとさせ動かなくなったドワ娘に興味を失ったのか、アザトースはぬいぐるみに飽きた子供の様にフレデリカを観客席へと投げ捨てた。



 無造作に放られ地面に激しく叩きつけられたドワ娘の下には赤い血の海が広がっている。


 

 フレデリカ! くそっ、くそっ、くそっ! 



「ラフィテア、ラフィテアッ! ドワ娘を、フレデリカを!」



 ラフィテアは俺の言葉を聞くよりも早くドワ娘の元へ駆けていく。



 「――オルメヴィーラ公、私が時間を稼ぎます。だから、どうか皆を連れて早く逃げてください」


 「な、何を言ってるんだ、セレナ!」


 「逃げてくださいと言ったのです。……例え私たちが二人掛かりで挑んだとしてもアレに勝つことはまず不可能」


 「そんなのやってみなけりゃ――」


 「いえ、不可能です。どう足掻いても今の私たちでは勝ち目はありません。ならば犠牲は少ないに越したことはありません」


 「なら、俺が、俺が時間を稼ぐ」



 セレナははっきりと首を横に振った。



 「あなたはオルメヴィーラの領主。領民を守り導く務めがあります。あなたを死なせるわけにはいきません。それに魔族を倒すのはこの私、剣聖の責務」


 「セレナ!」


 「そんな顔をしないでください。私もまだ死ぬつもりはありませんから」


 「けどな!」


 「私は彼等を死なせたくないのです。 それはあなたも一緒でしょう? だからお願いです、オルメヴィーラ公。彼らを連れて早く!」


 「くっ! すぐに、すぐ戻ってくる。だから絶対に死ぬんじゃない、分かったな!」


 「えぇ。勿論です。私にはまだまだやるべきことが沢山残されていますから」




  ――既に観客の大半は避難し、闘技場はがらんどうとしている。


 

 「メリダ、ヴェルを連れて早く逃げるんだ!」


 「何を言っていますの!? セレナお姉さまが戦っているのというのに一人置いて行けるはずありませんわ!」


 「俺たちがいたらセレナも退くことが出来ないんだよ!」


 「でも、だからって、お姉さまを一人置いては行けません!」


 「それでも行くんだ!」



 今もセレナは俺たちの為に必死に時間を稼いでいてくれる。


 だから彼女の想いを一秒たりとも無駄にしてはいけない。



 「嫌ですわ! お姉さまが、お姉さまが死んでしまいますわ! 早く、お姉さまを、お姉さまを助けないと!」

 

 「セレナなら大丈夫だ。それより早くここから逃げ――」



 逃げよう、そう言葉を口にしようとした刹那、目の前の光景に二人は思わず言葉を失った。



 ……嘘だろ。



 それは余りに非現実的で、信じられない、いや信じたくない光景だった。



 「セレナお姉さま。お姉さま、お姉さま、お姉さまぁぁぁぁ!」



  メリダは我を忘れヴェルを置き去りにセレナの元へ駆け出す。




 ――土に塗れ地面に倒れ伏す剣聖の姿。





 その傍らには彼女の右腕が無造作に転がり落ちていた。







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