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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー66






 


 何が起きたのか理解できず、ただ転がり落ちる頭部。


 失ったことさえ気づかぬ身体。


 そして静まり返る観客達。



 白い閃光の一閃に彼等は逃げる足を止め一斉に湧き上がり、観覧席の貴族たちもまた一様に安堵の声を上げた。



 だが、セレナは奴の首を切り落としてなお、一向に剣を収めようとはしなかった。



 額、そして背中を流れる大量の汗。


 命の危険を知らせる信号が身体中を駆け巡り、手足の震えが止まらない。


 対峙している者なら誰しも理解していた。


 この程度では奴は死なない。



 六つの眼は転がり落ちた頭の事など全く気にする様子もなく、それぞれがそれぞれの別の景色に目をやっている。



 「さすが白い閃光、そのスピード、驚嘆」



 地面で仰向けになっていた頭部は空を仰ぎ見ながら何事も無かったように感想を述べると、筋肉の繊維が引き千切れんばかりに腕を伸ばし落ちた頭を無造作に身体の上に置いてみせた。


 

 「やはりこの身体に慣れるまでもう少し時間が必要」


 「ちっ、首を刎ねたくらいじゃ倒せはしないか」


 「お前たちにとって今が最大、最後の好機。でも、私を倒すには力不足、残念」



 「――例えそうだとしても、私に力が足らないと分かっていても、私はもう二度と、二度と引くわけにはいかないのです」



 それは彼女の決意と覚悟。



 ありったけの魔力を剣に込め力強く地面を蹴り上げると、セレナは白い閃光となってアザトースに風の一閃を撃ち放った。


 それは俺が見た中でもっとも美しく、そして洗練された神速の一撃だった。


 アザトースの左肩から右わき腹にかけて走る剣線は、切り口さえ分からない程綺麗に奴の身体を両断していた。


 六つの赤い眼がセレナを凝視している。


 頭部を切断された時同じように地面に崩れ落ちるはずだったその身体はただの水となって足元を濡らした。



 耳元で聞こえるロアの声。



 「――その攻撃さっきと同じ、退屈」


 

 背後から感じる視線に思わずセレナは剣を振るうが、そこにアザトースの姿はない。



 「セレナ、前だ!」



 俺の声に反応しセレナは咄嗟に反転しながら距離を取る。



 「セレナ、まさかもう終わり? 尚早。これじゃ準備運動にもならない、不足」



 「その声で、私の名を呼ぶなぁぁぁ!」



 怒りと共に幾重にも走る無数の斬撃。


 目にも止まらぬ太刀の風巻。


 一刀一刀が的確に人体の急所を捉え、アザトースの身体に刻まれていく数え切れぬ斬痕にあともう少しで奴の身体は肉塊に変わっていたかもしれない。


 鬼気迫るセレナの一方的な攻撃に誰もがこの戦いの終演を期待せずにはいられなかった。



 しかし、そんな皆の期待とは裏腹にセレナの振るう神速の剣はアザトースを前に初めて空を斬った。

 


 それは偶然でも、ましてやセレナの仕損じでもなかった。



 たったの一撃。


 だが、それでも剣を振るう彼女だから分かってしまう事もある。


 時間が経てばたつほど、セレナが剣を振るえば振るう程、彼女の剣は空を斬る。


 決してセレナの剣が鈍ったわけではない。



 アザトースの言葉で言うなら“ようやくロアの身体が馴染んできた”つまりはそういう事だ。



 攻めから一転、防戦一方になったセレナは徐々に追い込まれていく。


 セレナの剣はあしらわれアザトースの鋭く伸びた爪が彼女の首筋を切り裂く。



 それは感情だけでは決して抗えない力。


 いまだ彼女の力は上位の魔族に及ばない。



 だが、俺たちは一人で戦っている訳じゃない。



 一瞬、クロの影がアザトースの動きを止め、振り下ろした短剣が奴の指先を切り落とす。



 「――退くのじゃぁぁっぁ!」」



 ドワ娘の声に俺はセレナを抱きかかえ一目散に飛び退く。



 ――次の刹那、フレデリカを乗せた巨石兵は拳を握りしめ勢いよく振りかぶると、その一点に全体重を乗せアザトース目掛け振り下ろした。



 お世辞にも巨石兵の動きは早いとは言えない。



 だが、スピードを犠牲にしたその拳の破壊力を前にいかに魔族と言えど決して無事では済まないだろう。



 地面に走る無数の亀裂と会場全体が揺れる程の衝撃。



 影に縛られ身動きの取れぬアザトースは無防備なまま頭上を覆い隠す巨大な岩拳の下敷きとなった。







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