領地対抗戦ー49
――なぜ、拒む?
望んだのはお前自身。
逃れられないのは、お前が一番知っているはずだ。
よく考えることだ。
断ち切る方法は一つ。
それ以外、決してありはしない。
ゆめゆめ、忘れるな。
彼女の意識が影を通じで流れ込んでくる。
涙さえ許されぬ閉ざされた瞳。
赤い血の涙が目尻から頬を伝い流れ落ち、彼女はもう彼女ではなくなっていた。
「――領主様!」
最終戦を前にラフィテアとクリュスの戦いで破損した闘技場の補修作業を待っていると、サビーナ村にいるはずの鍛冶職人のオラブが何かを大事そうに抱え観客席から大きく手を振っていた。
「どうしたんだ、オラブ」
「い、いえ、実はですね、姫様に頼まれていた品がようやく完成しまして急いでお持ちしたんです」
「ドワ娘に?」
「はい、そうです」
「何を頼まれたのか知らないが鍛冶工房の方は大丈夫なのか?」
「えぇ、おかげさまで。“火花散る鎚”は盛況で注文表は向こう一年先まで埋まってますよ」
「そりゃよかった。けど、それなら尚更オラブが工房を離れている場合じゃないだろ」
「いえいえ、お気になさらずに。それにこいつばかりは他の奴に任せるわけにはいきませんので」
余程大事なものなのか、頑丈な木箱に梱包された上で決して盗まれないようオラブの身体にまでしっかり括り付けられていた。
「ところで姫様は?」
「ドワ娘ならそこだ」
未だラフィテアと仲良さそうにいがみ合っているドワ娘を指さすとオラブはほっと一安心した様子でコトコトと彼女の元に駆け寄っていく。
「姫様、遅くなり申し訳ございませんでした。例のご注文の品、このオラブただいまお届けに参りました」
「おぉ! オラブではないか。待っておったぞ。そうか、やっと完成したのじゃな」
「はい、姫様。オラブ渾身の一振りをお持ちしました」
厳重に封がされた木箱をオラブが丁寧に開けていくと、そこにはドワーフらしい細かい彫刻と装飾の施された古めかしい一本の杖があった。
「どうぞお納めください、姫様」
「うむ」
ドワ娘は無造作に杖を手に取り、感触をその手で確かめると満足した様子で何度も何度も頷いていた。
「この杖の為だけにオラブはわざわざここまで出向いたのか?」
「はい、そうです」
「これ、そんなに凄いものなのか?」
「当たり前じゃ。これはトネリコの枝で作られた至高の杖。魔法を扱うものなら喉から手が出るほど欲しがる一品じゃぞ」
「トネリコの枝?」
……はて、どこかで聞いた気がする」
「おぬしは何も覚えておらんのじゃな」
「領主様、トネリコの樹は領主様がルアジュカ樹林で発見された神霊が宿る多幸の樹木ですよ」
「あぁ、思い出した。確か樹を伐った奴は一人残らず神霊に呪われて死ぬって言うあの――」
「そうじゃ。そのトネリコの樹で作った魔法の杖じゃ」
「トネリコの樹で作ったって、ドワ娘。お前どうやってそのトネリコの枝を手に入れたんだよ。……まさかお前、ドワーフの誰かを犠牲にしたんじゃ」
「阿呆か! わらわがそのような事するはずなかろう!」
「ならどうやって。樹を伐ったら呪われて死んでしまうんだろ?」
「領主様、領主様! 姫様はご自分の身体の一部と祈りを神樹に捧げることで誰一人呪われずに枝の一部を分けて頂いたのです」
「……体の、一部を? ……おい! おい! ドワ娘、お前――!」
「そんなに慌てるな。身体の一部と言ってもさして日常生活に支障の出る場所ではない。それにオルメヴィーラはこの対抗戦で負けるわけにはいかんのじゃろ?」
「だ、だからって、お前、自分を犠牲に!」
「心配するな。おぬしが気にする事ではない。これはわらわが勝手にやったこと」
「けどな!」
「本当におぬしが気にする必要はないのじゃ。わらわがトネリコの樹に捧げたのはそう、女の命。――髪の毛じゃからな」
「……は?」
「だから、髪じゃ、髪の毛」
髪。
髪?
確かに髪も身体の一部と言えばそう言えなくもないが、髪、か。
ドワ娘の奴、俺の反応を見て楽しんでやがったな。
しかし、そうか。
オルメヴィーラを出発する前に髪を切ったのはこの為だったのか。
フレデリカの綺麗な銀色の髪。
頭に手をやり短くなった髪を優しく撫でてみる。
対抗戦に出場するのを嫌がっていたのに、俺たちの為に……。
「ありがとうな、フレデリカ」
「わ、わらわが好きでやったことじゃ」
「それでもありがとう」
「まっ、このトネリコの杖があれば優勝は間違いない。わらわの本当の実力を皆に知らしめてやるのじゃ!」
「あぁ、頼りにしてる」
杖を振り上げ顔を赤くし照れるドワ娘に俺とオラブは目を合わせ思わず笑みをこぼしてた。
――閃光のセレナ・ベータグラム、そして六眼のネージュ・ロア。
二人の剣聖の登場にペディキウィア闘技場は未だかつてない程の盛り上がりを見せていた。
決勝への切符を賭けた大一番、そして王国の象徴たる剣聖同士の戦いに心湧かないものなどいるはずがない。
かつて対抗戦で辛酸を舐めさせられた因縁の相手ネージュ・ロアを前にいつも冷静なセレナも幾ばくか高揚しているようだった。
「オルメヴィーラ公、彼女の相手は私に任せてもらえませんか」
「初めからそのつもりだよ。ドワ娘も異論はないだろ?」
「そうじゃな。そこまであやつとの対戦を熱望しておるのにわらわがしゃしゃり出ては申し訳ないからの。……それに向こうさんもそのつもりの様じゃしな」
一足先に舞台に上がったネージュ・ロアの視線はセレナたった一人に向けられおり、他の者など初めから眼中にないと言わんばかりであった。
「分かってるとは思うが、強敵なのはロアだけじゃない。俺たちも十分気を引き締めるぞ」
「任せておけ。いざとなったらわらわの魔法であいつらなぞ一網打尽じゃ」
「セレナ様、ラック様、それからその他一名、ご武運を」
「ありがとう、ラフィテア」
「誰がその他一名じゃ!」
「メリダ、ラフィテアとヴェルの事、頼んだぞ」
「えぇ、分かってますわ。二人の事は心配せず心置きなく戦いに集中してください」
魔法による会場の修復も終わり、両陣営のメンバーの名が壁面に映し出されると、主審の合図とともに上空に巨大な爆炎魔法が打ち上げられ最終戦の幕が開いた。




