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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー40



 

 

 

 今の俺の力はまだまだあの頃には遠く及ばない。



 盗賊自体戦闘に特化した職業ではないが、それでもステータスボーナスを全て幸運値に振ってしまうという不運がなければ、今までもっと楽に戦いを終わらせる事が出来ていただろう。



 だが、そんな不甲斐ない俺も僅かだが以前の力を取り戻しつつある。


 ダンタリオンの地下迷宮で成長したのは彼女たちだけではない。


 第一戦、第二戦の戦いを見れば、ルゴールドが金で雇った彼らの実力が相当なものであることは疑いようもない。



 そして目の前の彼らも然り。



 身の丈程の槍斧を携えた隻眼の屈強な男と男の肩に腰かけ無感情でこちら見下ろす獣人族の女。



 そしてその二人を従える様に現れた一人の男。


 こいつが一番の実力者であることは間違いない。



 見覚えのある背格好に身のこなし。


 あの晩、フレデリカを襲った族は十中八九こいつだろう。


 自然と奥歯に力が入る。




 両者出揃い互いに無言で得物を構えると観客たちは一斉に色めき立ち雌雄を決する戦いの幕が上がった。




 ゲーム内において毒や麻痺というのは非常に地味なイメージが強い。



 耐性をもつ魔物が多いというのもそうだが、効果があったとしてもたまに行動を阻害したり、じわじわとダメージを与えたりするだけで、短時間で回復してしまうことも少なくない。


 当然、対人戦にも同じことが言えるわけで要は無くても困らないがあれば少しだけ戦闘が有利に運ぶ程度の認識だ。



 もちろん弱い毒性のものや軽い麻痺なら自然と回復することもある。

 


 だが、ほとんどの場合そうではない。



 猛毒は数秒で人を殺すし、神経が麻痺すれば呼吸困難に陥り、人はあっという間に死んでしまう。



 なら何故ゲームでは極端にその効果を抑えられているのか。



 それは非常に簡単な話だ。



 もし毒の効果を現実に即したものにしてしまえば、公平性を逸脱したバランスブレイカーになってしまうからに他ならない。


 

 この世界での経験を通して分かったことがいくつかある。


 ここは魔法やスキルが存在し、エルフやドワーフなどの種族もいる。


 一見するとまるで自分がゲームの中にいる様に思えてしまうがこの世界で起こる事象は現実世界のそれに近い。



 リアル、というべきか。



 もちろんすべてがそうという訳ではない。


 そもそも魔法が存在するという事だけでも現実とは大きく乖離している。



 なにか特別な力が働いているのか、それとも元々そうあるべくして生まれたのか。

 

 それは俺にもわからない。



 だが、俺の持つこのスキルが対人戦において圧倒的な力を有している事だけはわかる。


 


「黒き闇、漆黒の粒子となってすべてを包め、“黒靄―ダークヘイズ―”」



 

 俺は唯一使える初級魔法ダークヘイズを発動させると大男の視界を奪い去った。


 詠唱時間も短く然程集中力を必要としないこの黒靄は戦闘中にも比較的容易に使うことが出来る。



 あらゆる光を完全に遮断し視界を奪うこの靄だが手で振り払うだけでも簡単に搔き消えてしまう。


 

 案の定、槍斧を振り上げた男が靄ごと薙ぎ払うとダークヘイズはあっという間に霧散し消えてしまった。




 初級魔法は使えないなどと一体誰が言い出したのだろうか。



 人間は五感からそれぞれ情報を得ているが、中でも視覚器官からは、全体の87%もの情報を得ている。


 その情報が一瞬とはいえ奪われればどうなるか容易に想像がつくだろう。




 熟練者同士の戦闘において一瞬の隙は致命的。

 


 がら空きの背中を短剣が捉えるとスキル“麻痺の牙”パライズ・ファングがたちまち男の身体を麻痺させる。



 男は武器を握ったまま痙攣し口から泡を吹き、時折小さく呻き声をあげている。



 これで獣人族の女に続いて二人目。



 残すは目の前の男、ただ一人。




 この試合が始まってまだ数分にも満たない。



 きっと見ている者からすれば何の面白みもない試合だろう。


 だがそんな事は俺には関係ない。


 何故ならこの試合は本来の目的からは逸脱した、単なる殺し合いなのだから。



 スキル“猛毒の針”ヴェノム・スティンガー



 俺はスキル“麻痺の牙”から“猛毒の針”に切り替えるとゆっくり息を整え短剣を構えてみせた。


 猛毒を帯びた二本の短剣の刃は黒紫色に染まっている。



 目の前の男は多分一流の暗殺者だろう。


 身のこなし、足さばき、武器の扱い、気配を消す魔法、どことなく俺と似ているものを感じる。


 顔を隠しているとは言え、本来ならこんな人前に出て戦う事は本意ではないはずだ。


 余程報酬が良かったと見える。


 しかし、昔から金に目がくらんだ者の末路がどうだったのか言うまでもないだろう。


 

 どちらが最初に動き出したかは定かではない。



 姿が消えた刹那、二人は短剣を構えたまま交差し戦いはあっけなく幕を閉じた。


 傷口から入り込んだヴェノム・スティンガーの猛毒は血液に乗りあっという間に全身に回ると細胞という細胞を破壊しつくし男を絶命へと追いやった。






 

 「――くそ! くそ! くそっが!」




 あっけにとられていたバーデンだったが自分の目論見が外れたのだと分かると突然地団太を踏みながら辺り構わず喚き散らし始めた。



 「この日の為にこのバーデン様がどれだけ金をかけ準備したと思っている! このクズ共め! 何の役にも立たないではないか! こうなったら対抗戦など関係ない。親父に言って必ずあいつを殺してやる!」



 余程腹立たしいのか今度は思いっきり椅子を蹴り飛ばし、それでも怒りが収まらず連れていた従者を激しく叱責している。



 自分の立場も弁えず公の場で自分が何を叫び、何をしているのか、あいつは分かっているのだろうか。


 これほど愚かな男を俺は今まで見たことがない。



 俺は人の目に映らないよう袖からそっとナイフを取り出すと醜態を晒すバーテンに向かって素早く打ち放ってみせた。



 一直線に放たれた短剣は男の頬を掠め壁に突き刺さると、何が起こったのか理解できないバーデンは頬を拭い自分の手に付いた血と俺を何度も往復するように目をやっていた。



 どうやらあれだけ騒いでいたのに俺に気づかれているとは思っていなかったらしい。



 慌てふためくバーデンに向かって俺は毒でぶくぶくに膨れ上がった死体を指さしゆっくりと口を開いてみせた。



 「バーデン、よくもやってくれたな。そのナイフはお返しだ。あの遅効性の毒はよく効くぞ」



 バーデンとの距離は数百メートル以上、俺の発した言葉が奴に届くことは決してない。


 しかし、バーデンは観覧席から転げ落ちると何度も何度も懸命に頬を拭っている。



 もちろん、あのナイフに毒など仕込んでいない。


 流石にツールナスタ領主の息子を観衆の前で殺すわけにはいかないからな。


 だが、奴には十分効果があるだろう。



 そうだ。



 もう一つ奴に言っておかなければならない事があったんだ。




 「――もし再び俺と俺の仲間に手を出すような事があれば次は必ずお前を、殺す。必ずだ」




 他の誰にも伝わらない。


 奴にしか分からない俺からの最後の忠告。



 何がどうなったのか未だに理解していないであろうバーデンだったが俺の視線に腰を抜かし震えながら首を幾度も縦に振っている。



 ふぅ、やれやれ。



 とんだ災難だったな。


 だが、あの様子ならもう二度と手は出してはこないだろう。


 もし万が一の事があれば、本当に次は容赦しない。




 ただ、それだけの事だ。



 

 

 


 


 




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