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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー38


 




ナイフを構え怯えた色を瞳に浮べるネザー・ナビットの姿がそこにあった。



  身に纏っていた衣服は消し炭となり、赤い髪は燃え落ち、その肌は焼け爛れ、血は蒸発し、少女はただの黒い燃えカスとなっていた。

 


 強烈な異臭に鼻をつまみ、目も当てられぬおぞましい姿に観客は皆揃って顔を背ける。


 少女の死を確信しないものなどここには皆無。



 だが、ネザー・ナビットは一歩、また一歩後退りしながら、得体のしれないそれに最大限の警戒を払っていた。



 身を丸め倒れ込んだ黒い塊は間違いなくヴェル・オルメヴィーラの成れの果て。


 だが、それから感じられる気配はまるで別人のものだった。



 黒い残滓は音を立てながら全体にひび割れが広がり殻をむくように一枚一枚剥がれ落ちていく



 それはまるで蛹から羽化する成虫のようで、その奇跡のような生命の神秘に思わず目を奪われる。


 


殻を破り残滓の下から現れた一糸まとわぬ白い肌はあの獄炎の魔法を浴びたとは思えない程透きとおり、少女の赤い髪はよりその赤を増し、赤瞳は深き真紅を宿している。


 更に驚くべきことにヴェルの背中には見慣れぬ一対の小さな翼と、地面に触れそうなほど長い尻尾が一尾、臀部に生えていた。




 「――参ったね」



地獄の炎で焼かれながらまったくの無傷、いやそれどころか異形の姿となったヴェルを前にネザー・ナビットの身体は震えていた。



それはまるで圧倒的な存在を前にした弱者の本能。

 


 「何をやっている! そいつはもう虫の息だ。早く止めを刺せ! このクズが!」



 バーデンの罵声に大きく舌打ちしたナビは震える足にナイフを突き立て痛みで恐怖心を振り払おうと試みたが、それでもなお本能が彼女に逃げろと告げている。


 さらに一歩、気が付けばすぐ後ろには高い壁面が迫っていた。



 「虫の息? 冗談は顔だけにして欲しいんよ。アレのヤバさが分からないっての?」



 ネザー・ナビットの顔からは一切の余裕は消えうせ、完全に狩るものから狩られるものへと立場が逆転していた。



 逃げ出せるなら一刻も早くここから消え去りたい。

 

 だが、もうそれが叶わないことを彼女は直感していた。



 「けど、逃げられないのなら一か八かやるしかないんよね」



 覚悟を決めたネザー・ナビットは得意の火魔法で両手のナイフに炎を纏わせゆっくり身を屈めると、視線を上げ最大加速でヴェルへと突貫した。



 足から噴出された爆炎によって最高速度まで一気に加速すると、炎を纏った二本のナイフを頭上で構え高速で回転しながら攻撃を仕掛ける。



ナイフの炎が身体を覆いその様はまるで荒れ狂う炎帝の龍



 渦を巻き放たれる熱風は周囲の空気すら燃やし尽くし、すべてが灰なるまで決して止まらぬ不惜身命の秘技。


  

  猛炎の渦がヴェルを取り囲み少女の退路を奪うと、炎龍となったネザー・ナビットは遥か頭上から不可避の一撃を撃ち放った。

 



 ――少女は目を開け立ち上がると一言も発することなく真っすぐ前を見つめていた。


 迫りくる炎の龍が見えていないのか、まるで気にする様子もなく手や足、身体の感覚を確かめている。



 猛烈な上昇気流はヴェルの赤く長い髪を舞い上げ、少女の透明な裸体が露になっていた。


 草木が一瞬で燃え尽きてしまう程の熱風を浴びてなおその肌は白く、天界に住まうという天使のような立ち姿に名工の絵画を見慣れた貴族たちも思わず見惚れている。


 

 少女は真紅に染まった空を見上げると、広げた右手を突き上げ何かを掴むようにゆっくりと握りしめた。

 



 ――不惜身命の炎龍



 それは命を賭したネザー・ナビットの奥の手。



しかし、彼女が放った切り札は佇むヴェルに触れることなく消え去ってしまった。



 ヴェルが右手を突き上げるのと同時に突如空中に現れた巨大な右腕は少女の動きを真似るように炎龍を握り捕まえると、有無を言わすことなくナビを地面へ叩きつけた。 




 ――骨は砕け、内臓は破裂し、吐しゃ物や汚物が辺りに飛び散る。



 


 それは人々が幻覚によって見ていた影像だったのか。


 

 会場が騒然とする中、その巨大な右腕は何の前触れもなく忽然と目の前から消え去り後に残されたのは押し潰され四肢があらぬ方向へと折れ曲がったネザー・ナビットの無残な姿、そして血の海に浮かぶ二本のナイフだけであった。








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