領地対抗戦ー37
会場にぽつんと残された黒い塊。
ぷすぷすと焦げる音、そして上昇気流に巻き上げられた遺体の焼ける臭いが闘技場に広がり、えずきが止まらない。
ドワ娘は歯を食いしばりながら視線を落とし、ラフィテアも肩を震わせていた。
「……そ、そんな、う、嘘だろ!?」
目の前の現実を受け入れることが出来ず、だが頭では理解してしまっている。
目からあふれ出す涙に視界はぼやけ、伸ばしていた手は垂れ下がりいつの間にかその場にへたり込んでいた。
口に手を当てむせび泣くメリダをセレナは優しく抱きしめ頭を撫で続ける。
先程まで罵声を浴びせていた観客たちも突如迎えた残酷な終演に言葉を失い、誰一人言葉を発する者はいなかった。
――ただ一人を除いては。
「はっ、はっ、はっ! よくやった! よくやったぞ! 大金を払って雇ったかいがあるってもんだ。俺様が望んだのはこの光景! よくやったぞ! ナビ!」
一人はしゃぐバーデンに目をやるとネザー・ナビットはやれやれと軽く溜息を付いてみせた。
「あんな奴にいくら褒められても嬉しくはないんだけど。――そ、ん、なことより、おチビちゃん、本当にタフなんだね。あの魔法を受けて消し炭にならなかったのはおチビちゃんが初めてだよ」
ナビは心底驚いた様子で焼け焦げたヴェルの遺体に近づくと、顎に手を当てまじまじとその黒い塊を観察している。
「でも、やっぱり“獄炎”を使っちゃうと物足りないんね。生きている肉をナイフで切り裂くあの感覚がやっぱり最高なんよ。コレに溜め込んだ魔素も全部使っちゃったし、あーぁ、勿体ないことした」
ネザー・ナビットは徐にナイフを手に取り不満足な様子で得物を見つめると、ぶつぶつ独り言を口にしながら酷く肩を落としていた。
そんな死者への冒涜とも言えるナビの行動ですら、今の俺には怒りを感じることさえ出来なかった。
いや、怒りは感じていた。
だがそれはネザー・ナビットに対してではなく俺自身に対して向けられたものだった。
俺を支配する後悔の念。
――ヴェルが死んだのはすべて俺の責任。
ここはMMOの世界じゃない。
頭では理解しているつもりだった、だが俺はなんにも分かっちゃいなかった。
俺のすぐ傍で多くの人たちが死んでいく。
魔物、魔族の犠牲になった者、飢餓で死んだ者、強盗に襲われ命を奪われた者、人間同士の争いで天命を終えた者。
この手で殺した者も数多くいる。
しかしそれは現実ではない仮初の、プログラミングされたNPCの死だと心の逃げ道にしていたのかもしれない。
そして彼女たちだけは死ぬはずがない。
そう勝手に思っていた。
だが、違う。
違ったんだ。
今いる此処が現実。
例え仮初だったとしてもここが現実なんだ。
死は直ぐ傍にある。
誰にも平等にそこにあるんだ。
ドワ娘やラフィテア、そしてこの俺の隣にも――。
くそっ! くそ! くそ!
全部、全部俺のせいだ。
どうしてヴェルの対抗戦への参加を認めた。
どうしてもっと反対しなかった。
なぜだ!? どうして!
――世界の色が黒く染まる。
何も見えない。
何も聞こえない。
後悔と絶望が俺を深い闇へと沈めていく。
果てしなく広がる暗闇。
ここが今どこなのか、どこに進むべきなのか、もう何もわからない。
何時しか俺は歩くのを止め、膝を抱え横になる。
いま自分は目を開けているのか、それとも閉じているのかそれすらもわからない。
あれからどれくらい経ったのだろうか。
暗がりの中、誰かが俺を呼んでいる。
それは聞き馴染みのある懐かしい声。
ゆっくり目を開けるとそこには赤髪の少女が一人ぽつんと立っていた。
赤い瞳の少女は屈託のない笑顔を見せると大剣を携え闇に消えていった。
いくら手を伸ばしてもすでにそこには誰もいない。
――もう、いないんだ。
俺は伸ばしたその震える手をゆっくり握りしめる。
再び襲う後悔の念に握りしめた拳を思いっきり振り上げ地面に叩きつけようとしたその時、手の中に小さな違和感を覚えた。
それは小さな小さな薄汚れた卵。
その打ち捨てられた卵はその身に小さな命を宿していた。
小さく儚い卵は俺の手の中で産声を上げると瞬く間に美しい蝶となり、綺麗な羽根を広げ懸命に羽ばたこうとしていた。
――俺を呼ぶ声がする。
それは優しく、懐かしい、時には鋭く厳しい、だが決して失いたくない俺の大切なもの。
背けた目を開き、前を見つめる。
逃げた所で目の前の現実は変わらない。
ここは残酷な世界。
だが、確かに奇跡はそこに存在していた。
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