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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第十章

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領地対抗戦ー32






 激しい応酬が繰り広げられる中、ヴァルカス、セレナ共に互いの懐に踏み込むことが出来ず決定打を与えるには至らなかった。



 しかし、一合、二合と切り結ぶにつれセレナの赤い水滴は空に散り、徐々にではあるが、しかし確実に彼女は体力を失っていた。



 「――剣聖か。どれ程のものかと思ったがどうやら期待外れだったようだ。……噂は、所詮噂に過ぎない、か」


 

 勝利を確信したのか、肩で息をするセレナを前にヴァルカスは低くくぐもった声で彼女に話しかけていた。


 「何が言いたいのです」


 「王都を守護せし白き閃光。そしてロメオの遺子にして剣王に近きもの。――その程度の腕で魔族を倒す? 笑わせる。ましてや国を守るものがそれでは民も不幸というほかない」


 「くっ!」


 「……やはり己が手でなさねばならぬようだ。彼の地に眠る同胞の御霊の為にも」


 「彼の地に眠る御霊?」


 「そうだ。……お前も知っていよう、我ら獣人の国が魔族に滅ぼされたことを。同胞の亡骸は打ち捨てられ、怨嗟の鎖に捕らわれた魂は魍魎となり今も彼の地を彷徨っている。祖国を失った獣人族は散り散りとなり各地を転々としているが、いつか必ず奴等を駆逐し彼の地を取り戻す」



 大ルアジュカ山脈北東に存在していたという獣人の王国。


 このヴァルカスという獣人はかつての生き残りなのだろうか……。



 「ふぅ、つい無駄話が過ぎたな。――剣聖よ、己が負けを認めるならば、その命助けてやってもいいぞ」


 「何を言うかと思えば……。あの日以来、私は自分の弱さを悔いない日はありません。私がもっと強ければ何も失わずに済んだのだと」


 「ふん。だが、運命は非情だ」


 「えぇ、そう。その通りです」


 「……負けを認める気はないのだな、剣聖」


 「勝を目の前に剣を退く愚か者はいないでしょう」


 「自ら死を選ぶか。まぁ、それも良いだろう。……それも運命。話はこれで終わりだ」



 男は口を閉じ、静かに時が流れ落ちる。


灰褐色の毛が風に揺らめき、白銀の騎士は小さく何かを口ずさんだ。

 



 「――ラック様、セレナ様が何故“白い閃光”と呼ばれているか知っていますか?」


 闘技場を埋め尽くす観客の悲鳴とは対照的にラフィテアは慌てることなく静かに戦況を見守っていた。



重心を深く落とし四足走行に構えたヴァルカスの太ももは内転筋から大腿四頭筋にかけ一回り以上も膨れ上がり、足を踏み込んだ刹那、大地は苦痛の叫声をあげた。



 もし彼女が万全の状態だったならば、かの攻撃を躱すことも容易だったかもしれない。


 手傷を負った剣聖など翼の折れた鳥に等しい。


 男がそう考えたのは当然と言えば当然だったかもしれない。


 ヴァルカスに油断があったわけではない。


 戦場を駆ける男にとって標的が死なない限り油断など決してあり得なかった。


 そして男は一抹の慈悲を与えることなくその鉤爪を振り下ろした。





 ――白い閃光セレナ・ベータグラム



 たしか、剣聖一のスピードを誇る彼女はそのあまりの速さに誰もその姿を目で捉えることが出来ず、纏う白銀の鎧の残像がまるで白い閃光のように見えるのだとか。



 あくまでも彼女の特徴を形容する比喩の様なものだと俺は思っていた。



 だが、それは寓意や遇画などではなかった。


 

 刃が彼女に触れるその瞬間、獲物は目の前から消え去り、ヴァルカスは完全に彼女の姿を見失っていた。


 

 「――どこを見ているのですか?」



 間違いなく男の一撃は彼女を捉えていた。


 しかし、彼女はヴァルカスの背後に立ち、落ち着いた様子で男を見ている。



 驚きを隠せないヴァルカスは慌てて振り返り、もう一度四足走行の構えとしてみせた。


 しかし、戦場の狼に勝利の女神が微笑むことはもう二度となかったのである。



 セレナが剣を構えた刹那、彼女の姿は忽然と消え、斬音だけが闘技場に鳴り響いた。


 何が起こったのかその場で対峙していたヴァルカスでさえ理解していなかった。



 彼女のそれはまるで瞬間移動の手品の様、 しかし、決して奇術の類ではなかった。



 ――そう、ただ



 あまりの速さに人の動体視力では彼女の動きを捉えることが出来ないのだ。



 「どうなっているんだ、ラフィテア」


 「あれは風魔法を利用した超高速移動」


 「あれが風魔法?」


 「はい」



 セレナが使う風魔法と言えば、身体に風の衣を纏い投擲や斬撃を防いだり、風の足場を作り自由自在に空中を闊歩したりどちらかと言えば補助的なものが多い。


そしてセレナの戦闘スタイルに風魔法が不可欠と言っても過言ではない。



 「――セレナ様の扱う魔法はどれも初級魔法。短い詠唱で済み、高い集中力を必要としません。セレナ様は自分の強み、そして魔法の特徴をよく理解していらっしゃるからこそ初級魔法以外は滅多に使わないのです」



 近接戦闘を得意とするセレナにとって詠唱に時間が掛かる魔法は使用が難しいだろうからな。



 「けど、初級魔法であんな事が出来るのか?」


 「セレナ様は風魔法で空気を極限まで圧縮しているのです」


 「圧縮?」


 「はい。高密度に圧縮した空気は解放することで爆発的なエネルギーを生み出します。それは何十倍、いえ、何百倍にも膨れ上がり、その力を利用しあの様な動きを可能にしているのです」


 「つまり魔法で身体能力を上げてるんじゃなく、魔法によって物理的な推進力を得ているのか?」


 「はい、おおむねその考えで間違いありません」



 つまり、セレナは発生させた高密度の空気塊を放出することでロケットエンジンの様な推進力を得ているのか。



 しかし、そんなものを乱発したら――



 「……ラック様のお考え通りセレナ様の身体には相当大きな負担がかかるはずです」



 だとしたら、セレナにとっても諸刃の剣。



 だが、あのスピードは完全にヴァルカスを凌駕している。


 そしてなにより斬撃の威力は速度に比例し上がっている。



 あの巨体のヴァルカスでさえ彼女の一撃を受ける度に大きく弾き飛ばされ反撃する事さえかなわない。



 ……しかし、それでも非力なセレナの剣ではヴァルカスの堅い守りを突破することは出来ない。



 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」



 足を止めたセレナの顔には明らかに疲労の色が見て取れる。



 そして防戦一方のヴァルカスだったが未だに致命傷となりえる様な傷を負っていなかった。



 「……そのスピード、確かに驚嘆に値する。だが、ただそれだけ。お前の剣は軽すぎる。それにその動き、あまりに直線的。――どうやらまだその力、完全には使いこなせていないようだな」



 ヴァルカスの言う通り、音速を超える速さにセレナの自身の身体がついて行けずに悲鳴を上げていた。



 「ふん、どうやら、オレはお前が自滅するのを待っていればいいらしい」


 「セレナお姉さま!」



 居ても立っても居られずそわそわするメリダにラフィテアは彼女の手を握りセレナを真っすぐに見つめている。



 「ラフィテアお姉さま」


 「セレナは決して負けません。ああ見えて彼女は私たち以上に負けず嫌いな性格ですから。あなたも良く知っているでしょ」



 メリダは神に祈るの様な視線をセレナの背中に向け、首から下げたロザリオを強く握っていた。



 「――諦めたらどうだ、剣聖よ」


 「諦める? 諦めて、それで後に何が残るというのです。私はオルメヴィーラ公に勝利を届けると約束しました。その約束を違える事はしたくありません」


 「それは殊勝な心掛けだ」


 「それにこの魔法は何も移動スピードを上げるだけが用途ではありません」


 「……なんだと」 



 この追い込まれた状況でさえセレナは顔色一つ変えない。



 ……いや、変えないどころか、逆に嬉しそうに小さく口角を上げてみせた。



 警戒し防御態勢を取るヴァルカスに対し、白い閃光が星を描き風の唸る音が響き渡ると、それは唐突に訪れた。








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