領地対抗戦ー29
「――と、いう訳でツールナスタ領にいる間はくれぐれも注意するように。特にドワ娘、お前はしばらく飲酒禁止だ」
暗殺を計画しラフィテア達を襲撃したのがツールナスタ領主とその息子であるという事実に皆が驚きを隠せない中、一人違った意味で狼狽している奴がいた。
「な、何故じゃ! ど、どうしてわらわが酒を我慢しなければならんのじゃ!」
「なにを言い出すかと思ったら。フレデリカ、あなた自分の命が惜しくないのかしら」
「惜しいに決まっておる」
「なら、今は我慢するしかありませんわね」
「どうしてじゃ! なぜじゃ! 納得できん、絶対に納得できんのじゃ!」
「おい、ドワ娘。お前、俺の話を聞いていたか?」
「勿論、聞いておったぞ」
「なら分かるだろ? 俺たちはツールナスタ領の連中に狙われているんだ。だから、いつ襲われても対応できるようにしておく必要がある」
「それとわらわの禁酒に何の関係があるというのじゃ」
「お前、よくそんな事が言えるな」
昨晩、侵入者を相手にクロや俺が立ち合いを繰り広げていたにもかかわらず、こいつときたら結局朝まで爆睡し目を覚ますことは無かった。
クロが影に潜んでいなければ、今頃どうなっていた事か。
「ラック様。この際、フレデリカの事は諦めてはいかがでしょうか」
……はい?
ラフィテアさん、何を仰っているのかな?
「おい! 耳長! 諦めるとはどういう意味じゃ!」
「あっ、聞こえてしまいましたか。いえ、そんなにお酒が飲みたいなら、私たちもフレデリカさんの意思を尊重しなければなりません。……その結果、もしあなたが殺されるような事があってもそれは仕方ない事かと」
「し、仕方ないじゃと!」
ドワ娘はラフィテアの顔を指差し、顔を真っ赤にしながら詰め寄ると、いつもの様に二人は口喧嘩を繰り広げ始めた。
傍にいたヴェルは心配そうにどうしたものかと俺に助けを求めたが、ラフィテアはちらっとこちらに視線を移すと、問題ありませんよと小さく頷いて見せた。
――どうやらラフィテアはわざとドワ娘を挑発したらしい。
対抗意識のあるラフィテアに焚きつけられれば、単純なドワ娘の事だ。
意にそぐわない事でもきっと我慢するだろう。
なんやかんや言っている二人ではあるが、ラフィテアもフレデリカの事が心配なのだろう。
「……セレナお姉さま」
「どうしました、メリダ」
「ラフィテアお姉さま、少し、いえ、とても変わりましたわね」
「そうですね。ですが、いまの彼女も私は好きですよ」
「す、すすすすっ好き!?」
「きっとオルメヴィーラ公の元にいることが彼女に良い変化をもたらしているのでしょう。それはラフィテアに限らず、この場にいる全員がそうなのだと思います」
「す、好きとはセレナお姉さま、それはどういった意味で――」
「なにか言いましたか、メリダ」
「い、いえ。な、なにも! ――ふぅ、良い変化、ですか」
「そう。それはあなたもです、メリダ」
「わたくしも?」
「えぇ」
これだけ騒がしい連中の中にいれば全く変わらない、という方がおかしい。
とは言えラフィテアだけでなく自身も変ったというセレナの言葉にメリダは少し戸惑っているようだった。
それからしばらくして、犬猿の攻防はようやく終りを迎えようとしていた。
「わらわは絶対におぬしより長生きしてみせるのじゃ! 絶対の絶対のぜったいにじゃ!」
「長寿である私たちエルフよりもですか」
「ふんっ! ドワーフ族も長い時を生きる長寿の種族じゃ。耳長種族に遅れはとらん!」
「はぁ、そうですか」
「だいたい、わらわが酒を我慢しなければならなくなったのも全てはツールナスタ領の連中が悪いんじゃ!」
――何を今更と思わず口に出しそうになったが、どうやらやっと理解してくれたようだ。
自分から誘導したとはいえ、ようやくドワ娘から解放されたラフィテアは些か表情に疲れの色が見えていた。
「このわらわの命を狙うなど万死に値する! 今から奴等の根城に乗り込んで全員を土の中に埋葬してやるのじゃ」
「それが出来ればお前に禁酒しろ、なんて言わない」
「なぜ出来ない。オルメヴィーラ領主の屋敷に忍び込みわらわを暗殺しようとしたのじゃ。報いを受けるのは当然の事」
「それはそうだが肝心の証拠がない」
「奴等がツールナスタ領主の屋敷に入っていくのを見たのじゃろ?」
「あぁ。だが、知らぬ存ぜぬを通されたらそれで終わりだ。確たる証拠がなければツールナスタ領主に責を認めさせることは出来ない」
あの場で奴等を殺しては雇い主が分からずじまい。
別の襲撃犯が新たに送り込まれてくるだけだ。
奴等を追いあのままツールナスタ領主の屋敷に乗り込んだとして、クロの追跡を証拠に追い詰めることが出来るか。
いや、ツールナスタ領にいる限り難しいだろう。
それに相手はあのルゴールドとバーデンだ。
そんな事をしたら逆にこちらの立場が危うくなってしまう。
俺が一介の冒険者であるならそれでも構わないが領主という立場である以上、軽率な行動を取ることは出来ない。
俺の選択肢次第でオルメヴィーラ領のみならず、エンティナ領に住むすべての領民たちを不幸にしてしまうかもしれない
それだけは絶対に避けなくてはならない。
「なら、どうするつもりじゃ」
「領地対抗戦でツールナスタ領に勝つ」
「はぁ? おぬしは何を言っておる」
「奴等の一番の目的は俺の命。奴等は対抗戦の最中に不慮の事故を装って俺を殺す計画らしい。……何とも回りくどいやり方だ。けど、逆に考えればツールナスタ領戦さえ終われば奴らは俺に手を出す機会を失う」
「確かにそうですわね」
「じゃが、それで終わるとは思えんがの」
「そうだな。そこで俺に一つ考えがある」
「考え?」
「そう。ルゴールドが雇った連中は対抗戦に必ず出場してくる。ツールナスタ領の連中が不慮の事故を装って俺の命を狙うならこちらも同じことをしてやればいい」
「……ラック様、本気で仰っているのですか?」
目には目を歯には歯を。
やられたらやり返す、でなければ命がいくらあっても足りやしない。
そして、仲間の命を守る事も出来ない。
だが――
「今のは冗談だ、忘れてくれ」
「……わらわは構わんがの」
「フレデリカ」
「おぬしを守れるのなら、それしか方法がないのならわらわは喜んでやるぞ」
「パパ。ヴェルも」
「ありがとう。けど、ちゃんと別の手は考えてある」
奴等は金のために仕事をするプロだ。
金にならないことはやらないし、命を無駄にすることは無い。
バーデンのような愚か者とは違う。
「ラック様、信じてよろしいのでしょうか」
「あぁ、勿論だ。問題ない」
明日のツールナスタ領戦、必ず勝って次の舞台へ上がってみせる。
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