領地対抗戦ー28
クロを回収し屋敷に到着した事にはすっかり夜が明け、空を覆っていた分厚い雲もいつの間にか消え去っていた。
あのままクロを奴等の影に忍ばせ動向を探りたかったのだが、今のクロの力では行動範囲に限りがあり諦めざるおえなかった。
とは言え、昨夜の一件でかなり収穫を得たことは確かだ。
まさかルゴールドとバーデン親子が揃って俺の命を狙ってるとは冗談にしても笑えない。
ましてや、オルメヴィーラ領の利権に目がくらんでの犯行だとしたら決して許されるものではない。
だが、バーデン達の会話の内容が事実だったとしてもそれを証明する方法を今の俺は持ち合わせてはない。
二度も襲撃が失敗に終わり、俺たちの警戒心が高いうちはしばらく安全だと思うが領地対抗戦が終わりツールナスタ領を離れるまで油断は出来ない。
ルゴールドは兎も角、バーデンに対してはあの執拗な性格から先んじて何かしらの対策を講じるべきかもしれない。
厄介ごとを抱え重い足取りで屋敷の扉を開けると、まだ早朝だというのにルァナとスォロが元気よく屋敷内を駆けまわっていた。
「おはよう、ルァナ、スォロ。朝から元気だな」
「あっ、領主様、おはようございます!」
「おはようございます、領主様!」
「二人は朝から何をやっているんだ?」
「朝のお掃除。わたしたちの日課なの。ねぇ、スォロ」
「うん、ルァナ。今度はお庭のお掃除なんだ」
「そうか。仕事中なのに声を掛けて悪かったな」
「ううん、領主様と朝からお話しできて今日はとってもいい日なの」
「そうだね、ルァナ。あ、でもでも、早く終わらせないとティグリスにまた怒られちゃうよ」
「怒られちゃう、怒られちゃう!」
「なぁ、ルァナ、スォロ。そのティグリスなんだけど、いまどこにいるか知ってるか?」
「えぇっと、どこだっけ、ルァナ?」
「うーんと、えーっと、……そうだ! 屋敷の裏に薪を取りに行くって言ってたよね、スォロ」
「あっ、そうそう。そうだね、ルァナ」
――屋敷の裏か。
「二人共、ありがとう」
優しく二人の頭を撫でてやると、スォロとルァナはまるで子犬のように嬉しそうに尻尾をゆらゆらさせていた。
昨晩の一件、俺にはどうしても確認しなければならない事があった。
「――おはよう、ティグリス」
薪を運んでいたティグリスは背後から突然声を掛けられ、ビクッとした反動で手に持っていた薪を全て辺りにぶちまけてしまった。
「あっ、ご、ご主人様、おはようございます」
「悪い、ティグリス。驚かせたかな」
「いえ、ご主人様、お気になさらずに」
笑顔でそう答えるとティグリスは辺りに散らばった薪を手早くかき集め、手押し台車に積み込んでいく。
「さて、これくらいあれば十分だね。ところでご主人様、どうしてこの様な所に?」
「実はちょっとティグリスに聞きたいことがあってな」
「あ、あたしにですか?」
「あぁ、そうだ。ティグリス。――昨晩、この屋敷でフレデリカとラフィテアが何者かに襲われたのは知っているか?」
「えっ!? お、襲われた!?」
「ラフィテア達に聞いていないのか?」
「は、はい。ラフィテア様たちからは特別なにも」
「実は数日前にもフレデリカ達が街で襲撃にあってる」
「数日前にも!? そ、それでフ、フレデリカ様たちにお怪我は!?」
「いや、幸運にもみんな無事だったんだが」
「そ、そうですか。それは良かった」
襲撃を受けたと聞いた時は驚きと共に気遣わし気な表情を見せていたティグリスだったが、全員無事だと聞くと彼女は胸に手を当てホッとしていた。
「――どうしても気になることがあるんだ」
「き、気になる事ですか?」
たとえどんなに訓練された者だったとしても嘘や隠し事があれば、どこかに不自然な反応があるものだ。
本人に分からなくても、感情の機微は必ずその態度に現れる。
「どうもこちらの情報が襲撃犯に渡っていた可能性があるんだ」
「襲撃犯に!?」
一瞬、そう、ほんの僅かではあるが、ティグリスに緊張の色が見て取れた。
「ティグリス、何か知っていることはないか?」
「あ、あたしは何も」
「そうか。では質問を変えよう。――ティグリス、昨日の晩、俺達が帰ってきた後、ここにいる俺たち以外の誰かと会わなかったか?」
「い、いえ、会っていません」
正直、彼女がどう答えようがどちらでもよかった。
なぜなら俺は知っていたからだ。
僅かな沈黙の後、俺は影から出てくるよう小さな相棒に命じた。
猫の形を成して現れたクロは俺の肩に駆け上がると、驚くティグリスに向かって一礼してみせた。
「こいつはクロ。なんて説明するべきか。……そうだな、俺の影の召使いって所だ。クロ、自己紹介頼む」
「初めまして、ボクの名前はクロ。どうぞお見知りおきを」
「か、影が、いえ、ね、猫が喋った!?」
「実は最初の襲撃があった後、念の為この屋敷にいる全員をこのクロに守護してもらっていたんだ」
「守護?」
「そう。ラフィテアの話から考えるにどうも最初から彼女たちが標的だったみたいなんだ。あの日ラフィテア達が俺と別れて行動することになったのは偶然。だが、敵さんは俺たちが別々に行動することを予め知っていて襲撃を仕掛けてきた」
ティグリスの反応を見ながら俺はゆっくり話を進めていく。
「相手さんがどうやって俺たちの情報を知りえたのか。方法は色々あると思うが、一番考えられるのは内部から情報が洩れた、そう考えるのが自然だろ?」
「……」
「だから全員の影にクロを忍ばせておいたんだ」
俺が指を鳴らし出てくるように合図を送ると、ティグリスの足元から音もなくクロの分身体が姿を現した。
「ティグリス、もう一度聞く。昨晩、誰かに会わなかったか?」
「――ル、ルシウカの奴に」
ルシウカ?
はて、ルシウカ、……誰だったか。
ルシオカ、ルシオカ、……あぁ、クティノア商会の人間か。
「どうしてそのルシオカと言う奴に会っていたんだ」
「そ、それは……」
獣耳をしゅんとさせたティグリスはしばらく言いよどんだ後、今度は嘘偽りなく正直に話し始めた。
「そ、その、何かあってはまずいからどんな些細なことでもあったことを逐一商会に報告しろと依頼主のツールナスタ領主様から――」
ルゴールドの奴め。
「……なるほど。それでそれは何時からだ?」
「ご主人様たちがこの屋敷に到着してからずっとです。……で、ですが! あたしたちはそんな事に利用されているなんてこれっぽっちも思ってもいなかったんです! ほ、本当です! 本当に、本当になにも知らなかったんです!」
多分、そのルシオカって奴も何も聞かされてはいないだろう。
ずっとティグリスの言動を観察していたが、彼女は本当のことを言っている。
最初に嘘をついたのも、外部の人間に会っていることを言わない様に口止めされていたのかもしれない。
「……そうか、分かった。話は以上だ。仕事の途中に悪かったな」
「え?」
何か罰せられると思っていたのか、ティグリスはそれ以上何も追求しない俺に驚きを隠せないようだった。
「ご、ご主人様!」
「どうした、ティグリス?」
「あ、あたしたちのせいでご主人様たちを危険な目に会わせてしまったのにどうして咎めようとしないのですか!?」
「ティグリスは俺たちが襲撃に合うと知っていて情報を流していたのか?」
「い、いえ、違います! “愛と真心”のクティノア商会にかけて絶対に!」
「なら何も知らないティグリス達を罰するわけにはいかないだろ?」
「で、ですが、それではあたし達の――」
気が済まない、か。
まぁ、知らず知らずのうちにとは言え、主人を危険な目に合わせたのだ。
責任を感じるのも無理はない。
「はぁ、わかったよ。あっ、そうだ。罰の代わりという訳じゃないが一つティグリスに頼みがある」
「な、何でしょうか!」
「今の話は全部忘れてくれ」
「……へ?」
「だから全部聞かなかったことにしてくれって言ったんだ」
「それは、どういう……?」
「だから今まで通り同じようにしてくれればいい」
「同じように?」
「そうだ。ルシウカって奴に必ず俺たちの事を報告してくれ」
「ですが、それだとまたご主人様たちが危険な目に」
「それでいいんだよ」
俺が何を言っているのかまるで理解出来ないようで、ひどく困惑した様子で俺の次の言葉を待っていた。
要はツールナスタ領の連中、つまりバーデンやルゴールドは情報が漏れ出ていることを俺たちが知らないと思っている。
ならそれを利用してこちらも対策をすればいい。
俺たちの情報は俺たちが一番よく知っているのだから。
ここで変に動いてしまえば、やつらに気づかれる恐れがある。
そちらの方が俺たちにとっては対処しづらく厄介な事この上ない。
「ティグリス達は何も聞いていない。聞かされていない。知らなかった。いいな? それが一番俺たちの為になるんだ」
「よ、よく、分かりませんが、ご主人様がそう言うなら今まで通り仕えさせていただきます」
「そうしてくれると助かる。あぁ、そうだ、ティグリス」
「は、はい。何でしょうか」
「俺たちがここで世話になっている間は、ティグリス達もクロに警戒してもらう。それだけは了承してくれ」
「わ、わかりました」
「クロ、よろしく頼んだぞ」
「任せて、ご主人様。よろしくね、ティグリス」
黒猫のクロはティグリスに挨拶を済ますと、彼女を見上げながら影にゆっくりと溶けていった。
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