領地対抗戦ー6
対抗戦の開催が数日に迫る中、オスタリカの街は徐々に慌ただしくなっていた。
もともと人の往来が多いオスタリカではあったが、領地対抗戦が行われるとなるとその数は普段の比ではない。
数万人とも言われる観光客にオスタリカの宿泊施設はどこももう既に満室で街中には宿を探す人々で溢れ返っていた。
「――おい! 邪魔だ! 邪魔だ!」
これだけ大勢の人が集まれば、当然モノの流れも多くなる。
崩れんばかりの荷物を積んだ商人の一団はたむろする人々を大声で追い払うと長い列を成し次々と通り過ぎていく。
モレアルで見たあの長い行列が今はこのオスタリカにまで続いており、エンティナ領、更にはオルメヴィーラ領からも食糧や資材がひっきりなしに運ばれてくる。
この絶好の商機を逃すまいと街の至る所に無数の露店が建ち並び、行き交う人々は昼間から酒を片手に料理に舌鼓を打ち、まさに街を挙げてのお祭り騒ぎと言った感じで昼夜問わず盛り上がっていた。
とは言え、お気楽に楽しんでいるのは領民たちだけであり、ユークリッド王に加え領主、更には貴族のお歴々が一堂に会するこの催しにツールナスタ領の兵士は神経を尖らせていた。
ここ一ヶ月すべての休みを返上し、鼠一匹見逃さぬよう徹底した街内外の警備にあたっている彼らの心持ちが早く平穏な日常に戻って欲しいと望んでいるだろうことは想像に難くない。
ようやく屋敷の片付けもひと段落しティグリスに留守番を頼んだ俺たちはスォロとルァナを連れ立ってオスタリカの街を散策していた。
今回の領地対抗戦はカリオン湖に程近い闘技場の施設で行われ、普段は魔物狩りや剣闘士、はたまた奴隷競技といった祭事が催されている。
ゴトーに比べればその規模は小さいものの、これもオスタリカ観光の目玉の一つとなっているようだ。
観光客の楽しみはもちろん強者の健闘を称えるという事もあるのだろうが、それ以上に賭けに興じるという所が大きい。
当然の事ながら、今回の領地対抗戦も彼らの賭けの対象として大きな注目を集めていた。
「――おう、にいちゃん! 俺に一口乗らねぇか? 折角、オスタリカいるんだ。こんなビックチャンス逃す手はねぇぜ!」
首からツールナスタの家紋が刻まれた木札をぶら下げた男が通りがかりの観光客に声を掛けては対抗戦の賭けを募っている。
「なにか良い情報でも持ってるのか?」
「あぁ、もちろんだ。……自分で言うのもなんだがよ、この辺じゃ俺が一番の予想屋さ。悪い事は言わねぇ。他で買うのはよしておきな。兄ちゃんたちが損するだけだぜ」
「随分と自信あり気じゃな。なら、今回の対抗戦、見立てはどうなんじゃ?」
「ちっ、ちっ、ちっ、お嬢ちゃん、流石にそいつは金を払わねぇと教えられねぇな」
「なんじゃ、ケチ臭いの」
「こっちも商売だからな。でも、まぁ、そうだな。やっぱり今一番人気があるのはネージュ・ロア率いるグロスター領なのは間違いない。なんたって前回大会の準優勝チームだからな」
「準優勝なのに一番人気なのか?」
「あぁ、そうさ。今回、剣聖ラカス・ストラーフは出場しないって話さ。それにヴォルフ・ベルハントも遠征中でいないしな」
「ヴォルフ・ベルハント?」
「四剣聖の一人、”要塞”ベルハント様ですわ」
「なるほど。要塞ベルハントね」
つまり四剣聖は――
白い閃光のセレナ・ベータグラム
六眼のネージュ・ロア
要塞のヴォルフ・ベルハント
そして剣王に一番近いとされる剣聖ラカス・ストラーフの四人ってわけか。
「他に何か情報はないのか?」
「おい、おい、よしてくれよ。これ以上はコレが必要だぜ」
男はそう言って親指と人差し指で円の形を作ってみせるとにやけ顔で情報料を催促してみせた。
「わかったよ。それで何か他に有益な話はないのか?」
「へへっ、毎度」
男は受け取った貨幣を一瞥し懐に仕舞い込むと、きょろきょろと辺りを確認し、とっておきの話を披露し始めた。
「……まずはそうさな。ルゴールドの野郎なんだが、聞くところによると今回の領地対抗戦、金に物を言わせて随分とヤバい奴等を雇ったって話さ」
「ヤバい奴等? なにがどうヤバいんだ」
「さぁ、そこまで詳しくは知らねぇが、なんでも腕利きの殺し屋に傭兵、更には奴隷上がりの剣闘士、兎に角、名の通った奴を片っ端から引き入れたらしい」
――なるほど。
勝つためなら手段は選ばないって訳か。
それにしても随分と物騒な連中をかき集めたようだな。
ノジカもルゴールドには気をつけろと言っていたが、どうやら彼女の言葉通りの男らしい。
「それで、他には?」
「そうだな。王国の国境を守るヴォルテール領には次期剣聖の呼び声高い奴等が何人もいるし、クレモント領も毎回上位に入る強豪だな」
「今、名前を挙げた所が今回の対抗戦でも人気という訳ですか」
「まっ、そういう事になるな」
「それでその中であなたが一番お勧めする領地は一体どこなのかしら?」
「それはだな――」
メリダの問いになぜか勿体ぶったそぶりを見せたが、男は口元を手で隠しニヤリと口元を歪ませると意外な領地の名前を上げてみせた。
「――オルメヴィーラ領さ」
こう言っては何だが、この男の口から自分の領地の名前が出たことに驚きを隠せなかった。
「なぜオルメヴィーラ領なんですの? ……たしか、事前のオッズでは断トツの最下位ではなかったかしら?」
「まぁ、そうなんだけどよ」
「随分と自信があるようじゃな」
「……こいつは本当にここだけの話だぜ」
「なにがここだけの話なんだ?」
「今回の対抗戦、優勝候補の一角であるエンティナ領の辞退が発表されただろ?」
「あぁ、そうみたいだな」
「それでよ。なにがどう転んだかは知らねぇが、あの剣聖のセレナがオルメヴィーラ領の一員として大会に参加することになったんだよ」
「それは確かに耳寄りな情報ですね」
「そうだろ! そうだろ! ……だが、俺の持ってる情報はそれだけじゃないんだな」
「それだけじゃない?」
「あぁ、そうさ。実は今回久しぶりに出場することになったオルメヴィーラ領の領主ってのがどうやら只者じゃないらしいんだよ」
「只者じゃない? そんな噂があるのか?」
「あぁ。あの辺境の廃れたオルメヴィーラが今じゃこの国に欠かせない鉱物資源の宝庫さ。それに良質な木材に新鮮な野菜や果物、はたまたドワーフが作った武具や調度品まであそこから流れてくる。――どうやったかは知らねぇが全部オルメヴィーラ領主が仕掛けた事らしい」
まぁ、確かに全部本当の話ではあるが、随分と誇張されて噂が広がっているのは気のせいだろうか。
「なんじゃ、わらわたちが知らぬうちに随分と株を上げたもんじゃな」
「それだけじゃねぇさ。あそこの領主は頭も切れるが随分と腕も立つって聞く。なんでも魔族からエンティナ領を救ったのはその領主様って話だ」
「あなた、随分色々と知っていますわね」
「だから言ったろ。この辺じゃ俺が一番の予想屋だって。予想は情報が全てなのさ。――いいか、今の話、絶対、誰にも言うんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」
別段、悪い噂ではないし余り気にする必要もないんだろうが目立ちすぎるのも考え物だな。
領主と言う立場もあるし余計な面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁願いたいからな。
「それで、どうする? あんたらオスタリカは観光で来たんだろ?」
「ん? まぁ、そんな所だ」
「なら、折角だ。記念にひとつ今回の対抗戦、賭けてみないか? 別に俺の予想に乗っかる事はねぇ。自分の住む領地に賭けたって良いんだ。なぁ、どうだい、兄ちゃん?」
「……そうだな。面白い話も聞けたことだし、ここは一つ勝負してみるか」
「そうこなくっちゃ! それでこそ男だぜ、兄ちゃん。それでどこに賭ける? グロスターか? クレモントか?」
――どうするも何も、賭ける領地は鼻から決まっている。
俺は懐から金貨入りの袋を取り出すと、中身も確認せず全て男に手渡した。
「これを全部オルメヴィーラの優勝に」
「……へ? おい、おい、おいっ! 正気か、兄ちゃん!?」
男はずっしりとした袋を開け中を覗き込むと驚いた顔で大量の金貨と俺の顔を交互に何度も見比べていた。
「ほ、本当にこれ全部賭けるつもりなのか?」
「何か問題でもあるのか?」
「い、いや別に問題ってわけじゃねぇけどよ。……ほ、本当にいいのか?」
「あぁ、もちろんだ」」
「これを全部オルメヴィーラにぶち込んでいいんだな?」
「そうだ。お前も言っただろ? お勧めはオルメヴィーラだって」
「ま、まぁ、そうなんだけどよ。け、けど、なぁ……」
「大丈夫。オルメヴィーラは優勝するさ。俺が言ってるんだから間違いない」
「その自信がどこから来るのか知らねぇが、まぁ、兄ちゃんがそう言うならいいさ。しかし、これが当たったらオスタリカの特別区に大豪邸が立つぞ」
「そりゃいいの」
「大豪邸、いまから楽しみですわね」
「んじゃ、今から賭けてくるからちょっとそこで待ってな」
大量の金貨の入った袋を大事そうに抱きかかえた男は必要以上に警戒しながら闘技場の中へと消えていく。
しばらくして男に手渡された領地対抗戦の投票券には黒い文字で“オルメヴィーラ”とその名がハッキリ刻まれていた。
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