領地対抗戦ー5
「――お前たちは下がれ」
ヴァルターは有無を言わさず使用人たちを手で追い払うとカーテンを閉じおもむろに腰を降ろした。
部屋にはヴァルターと俺たち以外に彼の配下と思しき男性が一人。
それからソファーに腰かけにこやかに微笑む女性とその背後にはまだら模様の髪の女性が一人微動だにせず立っている。
「面子も揃ったことだし早速用件を、と言いたい所だけど、彼女の紹介がまだだったね」
そう言ってヴァルターが促すと彼女は椅子に腰かけたまま軽く会釈してみせた。
「初めまして、オルメヴィーラ公。お会いできて光栄ですわ。わたくしはグロスター領、領主シャルティア・レイズリーと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそお会いできて光栄です、シャルティア公」
この女性がグロスター領の領主シャルティア・レイズリー。
領主と言うよりはどこぞの大貴族の婦人といった感じで、腰のあたりまで伸びた美しい金髪、その凛とした佇まいに絵画に描かれた聖母を彷彿とさせる。
確かグロスター領と言えばクレモント領と隣接し、ユークリッドの西側にある領地だと記憶している。
そんな隣り合う二人の領主が辺境のにわか領主である俺に何の用なのだろうか。
「シャルティア様、息災のようで何よりです」
「セレナも変らず、いえ、あの頃よりも更に美しくなりましたね」
セレナは一歩前に踏み出しシャルティアの手を取ると甲に軽く挨拶のキスを交わし、深く一礼してみせた。
「エンティナ領では随分と大変な目にあったと聞いています。王国を守る剣聖としての務めもあるのでしょうが、あまり無理をしてはいけませんよ」
「はい、シャルティア様」
「しかし、またあなたとロアの試合を間近で見る機会が来るなんて、神様に感謝しなくてはいけませんね。――そうでしょ、ロア?」
「……はい」
シャルティアが嬉しそうに後ろに目をやると、まだら髪の女性はゆっくりと頷いて見せた。
グロスター領に仕える四剣聖の一人、ネージュ・ロア。
通称“六眼のロア。
てっきり俺は名前からして男性だと思っていたのだが、シャルティア公の後ろに立っていたのは長身で細身の女性だった。
腰には長剣を二本ぶら下げ、太もも辺りまであろうかという長い髪を後ろで結わき、なにより特徴的なのは両目を覆い隠す灰色の包帯。
まさかこんな所でもう一人の剣聖に出会えるとはな。
道理でセレナの纏う空気がぴんと張りつめている訳だ。
「さて、互いに自己紹介も終わったことだし、早速本題に入ろうか」
ヴァルターに促され互いが向き合うようにテーブルの席に着くと、男は軽く一息つきゆっくり口を開いた。
「まずは僕の呼びかけにこうして集まってくれたことを感謝する。特に、オルメヴィーラ公。あなたとは面識がないにも関わらず招待を受けてくれて嬉しく思う」
ヴァルターの視線に無言で頷き返事を返すと、男は満足したように言葉をつづけた。
「二人をここに招いたのは他でもない。――今回の領地対抗戦、僕と手を組まないか?」
クレモント領、領主ヴァルターが主催した社交界は半夜まで行われ、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちは疲れた顔も見せず長い夜と楽しんでいた。
ヴァルターに連れられ壇上に上がった俺とシャルティア公だったが、貴族たちの視線はもっぱら俺以外に向けられており、二人の紹介が終わると貴族たちは我先にと彼らを取り囲み談笑に花を咲かせていた。
端に追いやられた俺は逃げ出すようにその場を離れると、ラフィテアからグラスを受け取り先程のヴァルター公の話を思い出していた。
「――それはどういう意味でしょうか? ヴァルター公」
ヴァルターの提案にシャルティア公は即座に疑問を呈した。
領地対抗戦は領地ごとに領主が優秀な人材を選抜し競い合わせ勝者を決めるもの。
優勝が目的であるならば、ライバル関係にある領主たちが手を組むことはあまり互いに有益だとは思えない
「俺たちが手を組むことに何のメリットがある」
二人の疑問をすぐさま理解したのか、ヴァルター公は小さく頭を下げた。
「どうやら二人には勘違いをさせてしまったようだ。シャルティア公、オルメヴィーラ公、僕が手を組むと言ったのはそういう意味ではないんだ」
「それでは他にどういう意味が?」
「ここだけの話、実は今回行われる領地対抗戦にどうやら招かれざる客が混じっているようなんだ」
「招かれざる客?」
「そう。対抗戦の参加者の中に__が紛れ込んでいる可能性がある」
ヴァルターの言葉はこの場にいる全員を緊張させるのには十分なものであった。
「――ちょっといいか、ヴァルター公」
「何だい?」
「どうしてヴァルター公がそう考えるに至ったのか、先ずは教えて欲しい」
「なるほど。確かにそれは当然の疑問だ。オルメヴィーラの領主になって間もない君がクレモント家の事を知らないのも無理はない」
「どういう意味だ?」
「僕の生まれたクレモント家にはね、代々“予知夢”のスキルを持った神託の巫女が生まれるんだ」
「予知夢?」
「そう“予知夢” これから未来に起こるであろう事象を前もって知ることが出来る唯一無二のスキル」
「そんなスキルがこの世に存在するのか?」
「便利……。確かに便利とも言えるけど“予知夢”は本人が知りたい未来を自由に見ることは出来ない。そしていつ予知夢を見るのかも誰にも分からない」
「しかし、クレモント家の神託の巫女が見た夢の出来事は必ず現実でも起きると言われています」
「そうなのか、セレナ?」
「えぇ。神託の巫女は王国でも有名な話です」
「つまり、その神託の巫女が予知夢を見た、そういう訳か」
ヴァルターはご名答とばかりに深く頷いてみせた。
「その予知夢の内容について陛下はご存じなのですか?」
「もちろん報告済みだよ、シャルティア公」
「……そうですか。陛下は承知の上で対抗戦を開催されるのですね」
「他の領主達もこの事を知っているのか?」
「いや、この場にいる二人以外誰も知らない」
「どうして俺とシャルティア公なんだ? 俺たちの中にその招かれざる客がいる可能性は考えなかったのか?」
「そうだね。まず、シャルティア公にはロアがいる。彼女がいて奴等の存在を見逃すようなことはまずあり得ない。そうだろ? ロア」
ロアはヴァルター公に顔を向けると当然とばかりに小さく答えた。
「それからオルメヴィーラ公。君に関してはセレナが同行している事と、そして予知夢が身の潔白を証明してくれている」
予知夢が身の潔白を?
まぁ、疑いの目を向けられていないだけましか。
「招かれざる客がどこに潜み紛れているか分からない以上、僕が大丈夫だと判断したここにいる三人で対処するほかない。この説明で納得してくれたかな?」
「取り敢えずは」
「そうか、良かった。シャルティア公、他に何か質問は?」
「いいえ。話はわかりました。何か問題があればうちのロアがすべて対処しますわ。ねぇ、ロア」
「……はい、シャルティア様」
「因みに今回の件は陛下から下された勅命でもある」
つまり最初から俺たちに拒否権はなかったって事か。
「手を組むのはあくまで招かれざる客に対処する為であって、対抗戦で互いに遠慮する必要はないんだろ?」
「もちろんだよ。今回の対抗戦はクレモント領が優勝させてもらうよ」




