領地対抗戦ー1
「――ようこそ、皆さん。急な招待にも関わらず今日のこの催しに参加してくれて本当に感謝するよ」
使用人を従え二階から降りてきた男は目の前で立ち止まると、にこやかな笑顔で手を差し出した。
ここはツールナスタ領主が治める第一の都市オスタリカ。
間もなくこの街で領地対抗戦が行われようとしている。
俺たちが今立っているこの場所はオスタリカでも貴族や大富豪と言った身分の高い者たちが住まう特別なエリア。
街の面積の三割を占めるこの区画はぐるっと周りを高い塀で囲まれており、一般人は特別な許可がない限り立ち入ることを許されていない。
招待状に記載された場所に到着するとそこには既に使用人が数名待機しおり、魔導帆船を降りた俺たちはだだっ広い庭園を通り抜け屋敷へと案内された。
そこには幾人ものメイドたちが整列し、次々と来る客人たちを笑顔で迎い入れている。
しばらくして俺たちに順番がまわってくると彼女たちは招待状を何度も確認し入念なボディーチェックの後ようやく入邸を許可された。
一歩足を踏み入れれば、そこには一流のドワーフ職人たちによって作られたであろう絢爛豪華な調度品や名画の数々が来客たちを出迎える。
煌びやかなドレス、眩いばかりに輝く宝石、上質な生地を使った逸品のオーダーメイド服。
貴族、富豪という言葉を体現したかのような格好の人々がこれ見よがしに行き交う中、奇異の目を向けられた俺たちはこの無駄に広いエントランスで招待状の主を今や遅しと待っていた。
「――初めまして。僕はクレモント領の領主、ヴァルター・ド・クレモント」
目の前に差し出されたその手は意外と言いうべきか、貴族には似つかわしくない明らかに剣を振るう戦士の手をしていた。
「折角来てもらったのに立ち話もなんだから上の部屋で話そうか。そちらのお二人も是非ご一緒に」
爽やかな笑みで来客に手を振り一通り挨拶を済ますとヴァルターは使用人を引き連れ再び二階へと上がっていく。
――水源都市とも呼ばれ、カリオン湖を挟みモレアルの丁度対岸に位置するここオスタリカはユークリッド王国において要所となる街である。
なぜこの街が王国にとって重要なのかと言えば、それは王都で使用されている水の大部分がカリオン湖から供給されたものであり、水源管理をこのオスタリカでなされているからである。
長い年月をかけ建設された王都からオスタリカに続く地下水道は今も多くの人々の命や生活を支えている。
モレアルと同様カリオン湖に隣接する街ではあるが、街並みは実に対照的だ。
オスタリカの収入源は大きく二つに分かれている。
一つは王国から与えられた水源、水質管理と地下水道の維持、保守における収入で、この街に住んでいる多くの領民はこれらの仕事に従事している。
そしてもう一つ、領民たちの生活を支えている収入源、それは観光である。
オスタリカには街中に石を組み上げ作り上げられた水路が大小いくつも走り、網目のようにカリオン湖から水が引かれている。
街を流れる水は非常に透明度が高く光に反射した小魚が時折水面を飛び跳ね、優雅な景色を眺めながら街中を遊覧する小船にはいつも多くの観光客が列を成している。
その落ち着いた街の景観が貴族達には特に人気がある様で、湖面に浮かんでいる様に見えるギリギリの高さで建てられたコテージを所有することが今の彼らの間でステータスになっているようだ。
これから領地対抗戦が行われるとはとても思えない、そんな落ち着いた雰囲気のこの街に俺たちが到着したのは今から数刻前の事であった。
「――ツールナスタ領主への取次ぎをお願いしたいんだが」
オスタリカについて早々俺は領主の住む屋敷へとやって来ていた。
ツールナスタ領主ルゴールドと言えばあのバーデンの父親であり、あまり良い噂を聞かない人物である。
ノジカからもくれぐれも注意するようにと口を酸っぱくして言われたが、流石にオスタリカに到着してオルメヴィーラの領主が顔を見せないわけにはいかない。
正直余り気分は乗らなかったが、これも領主の務めだとラフィテアに説明されしぶしぶ承諾した。
「オルメヴィーラ領の領主様ですね。ルゴールド様からの案内状を確認させていただけますか」
ラフィテアの持っていた案内状を使用人に手渡すと俺の顔と何度も見比べ確認した後、少々お待ちください、と言い残しそのまま館の中へと姿を消してしまった。
「――お待たせしました。どうぞこちらに」
それからしばらくして戻ってきた使用人は案内状をラフィテアに手渡すとルゴールドの待つ屋敷へと俺たちを案内してくれた。
領主ツールナスタ・ルゴールド。
ユークリッド王国の要所であるオスタリカがあるツールナスタ領を治める頭首。
建国当初から今までずっとユークリッドに仕えてきた最古参の貴族であり、王国からの信頼も厚いようだ。
でなければこの領地を長年にわたってツールナスタ家に任せるはずはない。
……年齢は60前後といった所か。
息子のバーデンに顔つき、体形ともよく似ているが、長年この地を治める領主だけあって頭はかなり切れそうだ。
屋敷内もどちらかと言えばシンプルで煌びやかな装飾品の類はあまり見られないが、こいつの趣味なのだろうか、屋敷の壁の至る所に特殊な絵画がいくつも飾られていた。
「――失礼します」
使用人らしき少年を数名横に並ばせ椅子に座っていたルゴールドは入室した俺たちには目もくれず、ずっと少年の尻を撫でまわし、案内してくれた使用人はその光景を見慣れているのか、特に驚くこともなく無言で部屋から退室してしまった。
「初めまして、ツールナスタ・ルゴールド公爵。わたしはオルメヴィーラ領の領主を拝命したラックと申します。この度は――」
ツールナスタ領主を前に柄にもなく俺も領主っぽく振る舞っていたのだが、ルゴールドは俺の話など無視するかのように突然立ち上がるとセレナに近寄り話しかけていた。
「セレナ公、久しぶりだな。こうして直接顔を合わせるのはいつぶりか」
「ルゴールド公、確か前回の領地対抗戦以来かと」
「あぁ、そうだったな。貴殿が陛下から剣聖を賜る前だったな。あの試合も見ごたえがあったが、また一段と腕を上げたのだろう?」
「はい。剣聖の名に恥じない程度には」
「はっはっはっ、それはなりよりだ。王国にとっても貴殿にとっても喜ばしいこと。しかし先の出来事は災難だったな」
「はい。エンティナ領を留守にしていたとはいえ、魔族に好き勝手させてしまったのは私の実力のなさが故。亡き父に合わせる顔もありません」
「いや、貴殿のせいではないだろう。それは陛下も理解している。しかし、ロメオ公の息女がこうして剣聖にまで上り詰めたのだ。ロメオ公もきっと安心しておられるだろう」
「はい」
「なにか困った事があったらわたしを頼ると良い。隣接する領主として、かつてロメオ公に世話になった身として必ず力になろう」
「ありがとうございます」
「ところでセレナ公、わざわざここに顔を出すとは何かわたしに用がったのではないか?」
ルゴールドの問いにちらっと俺の顔も見たセレナは少し困惑した表情を見せていた。
「はい、実は今回私はオルメヴィーラ領の一員として領地対抗戦に参加することになったのです」
「ほぉ、それは初耳だ。たしかエンティナ領は今回棄権すると聞いていたが、陛下も人が悪い。いや、しかし、剣聖がまた一人参加するとなればこれで今大会もますます盛り上がるだろうな」
「ついては主催者であるルゴールド公に挨拶をと思い、こうしてオルメヴィーラ公と赴いた次第です」
「オルメヴィーラ公?」
セレナの言葉にわざとらしく視線をこちらに向けたルゴールドはまるで汚い奴隷を見るような目つきで俺を見やっていた。
「まさか、これがオルメヴィーラの領主ではあるまいな? いや、まさか。セレナ公も人が悪い。どう見ても出来の悪い使用人、いや奴隷ではないか」
「な!?」
ルゴールドの言葉に肩を震わせ思わず詰め寄ろうとするラフィテアをセレナは手で制止すると、彼女はルゴールドの前に立ち臆面もなく言い放った。
「――ルゴールド公、今のその言葉取り消してはいただけませんか」
「取り消せ? なにを取り消せというのだ」
「全てです。私の、いえ、エンティナ領の民の恩人に対していかにルゴールド公とは言えど今の言葉を許すことは決して出来ません」
「セレナ公、このわたしに命令するとは会わない間に随分と偉くなったものだな。わたしはただ見たまま、いや思ったことを口にしたまで。この様な粗末な者、本来ならこの場に存在する事すらおこがましい」
「ルゴールド公!」
「陛下もなぜこのようなどこの馬の骨とも分からない者にオルメヴィーラを。いや、あの辺境だからこそ相応しいとも言えるがな」
「……ラック様、私もこれ以上黙っていられる自身はありません」
ここでこの男の安い挑発に乗るのは簡単だが、それはそれで後々面倒ごとになりそうだ。
顔見せも済んだことだし、ここは二人が手を出す前に大人しく引き下がるとしよう。
「改めてまして、ルゴールド公爵。私がオルメヴィーラ領の領主ラックでございます。突然の来訪にも関わらず目通り頂けて光栄の至りです。領地対抗戦では一つお手柔らかに」
俺はこれ以上ない程丁寧に再度自己紹介をすると笑顔のまま二人を連れ、何か後ろで喚くルゴールドの言葉を無視しその場を後にした。
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