モレアルの聖女と不穏な影ー21
――キクロス・シク・フィスト――
メリダの放った技は“円”の力を利用し、相手の内部へ直接衝撃波のダメージを与える体術の奥義。
少女の拳から放たれた渾身の一撃は対象を数十メートル以上も吹き飛ばし、石壁に激しく叩きつけられたパルコマンは轟音と共に崩れ落ちる建物の下敷きになってしまった。
「おい、メリダ! 大丈夫か!」
「はぁ、はぁ、はぁ。こ、これくらい大したことありませんわ。それよりもパルコマンは――」
「瓦礫の下敷きだ。あれじゃ暫くまともに動けないだろ」
「……そう、だと良いのですけれど」
「?」
土煙の中、微動だにしないパルコマンを前になぜかメリダは険しい表情で自分の拳を見つめ、なにやら手の感触を確かめていた。
「――どうやら無事、決着したようじゃな」
戦闘が終わり周囲に静寂が戻ると、どこからともなくドワ娘はひょっこり顔を出し、足元に転がっていた無数の金属片の山を見て忌々しそうに蹴飛ばした。
「終わったのなら、さっさとそこで伸びている男をひっ捕まえてさっきの続きをするぞ」
「なんだよ。お前、まだ飲み足りないのか?」
「当たり前じゃ。あの程度飲んだうちにも入らん。それに料理も半分以上残してきてしまったからの」
「だからって――」
「こやつも言っておったではないか。食事を粗末にしてはならんと」
「はぁ。わかったよ。わかったけど、食事の続きはパルコマンを引き渡して、メリダの傷の手当てをしてからだ」
「わたくしの怪我を気にする必要はありませんわ。それよりも今すぐパルコマンを連行して“ディアヴォロ”について問いただす方が先ですの」
「随分と仕事熱心じゃな。……そう言えばあの薬。あやつが自分自身で作り出したと確か言っておったの」
「嘘か本当かは分からないけどな」
「その辺りも含め、厳しく追及する必要がありますわ」
「まぁ、なんにしてもこれで一件落着じゃな」
「何が、なんにしてもじゃ、だ。お前、何もしてないだろうが」
「何を言うておる。わらわがいたからこそ、こうしてじゃな――」
「しっ!」
突然鋭い声で意気揚々と喋るフレデリカを遮ったメリダは、戸惑う彼女を無視しある一点を見つめ強く拳を握りしめていた。
「――なにやら随分と楽しそうではないですか。出来れば私もあなた方の会話に混ぜて頂きたいものですね」
それまで瓦礫の下に埋もれていたパルコマンは何事も無かったかのように平然と立ち上がると、ふらつく様子もなく衣服についた埃を入念に払っていた。
体術の素人である俺でさえ、一度見ただけであの技の凄さ、そして威力を瞬時に理解した。
並みの人間が、いや例え百戦錬磨の戦士でさえアレをまともに喰らって無傷でいられるはずがない。
「先程の一撃、手ごたえが余りないと思っていたのですけど、やはり効いていなかったようですわね。あなた、何者ですの? ……人間、ではありませんわね」
「人間? この私が? なにを言いだすのかと思ったら! 私が、この上位種たる魔族の私があなた方の様な下劣で下等な生物と一緒にされては困ります」
パルコマンが魔族!?
「……やはり、そうでしたのね」
確かに俺もその可能性を考えなかった訳じゃないが、まさか本当にこんな所でメフィスト以外の魔族と遭遇するとは思ってもみなかった。
「――メリダ、いつから気付いてた」
「対峙した時からですわ。この男の身体から漏れ出る魔素は人間のそれとはかけ離れていましたから」
魔素?
人間と魔族では身体に流れる魔素に何か違いがあるのだろうか。
「ドワ娘、お前、わかるか?」
「うーん、そうじゃな。……全くわからん」
「無理もありませんの。わたくしが聖リヴォニア教会の使徒だから魔族に対して良く鼻が利くのですわ」
「まるで犬じゃな」
「フレデリカさん、何か言いまして?」
「メリダ。相手が魔族なら姿形関係なくわかるものなのか?」
「いえ。上位の魔族ほど自身の力を隠すのも上手いようですから、あまり過信することは出来ませんわ」
なるほど。
確かにセレナも聖リヴォニア教会に属しているが、エンティナ領でメフィストを魔族だと認識出来てはいなかった。
「――パルコマン、魔族のお前がこんな所で何をしている」
「何を? あなたも可笑しなことを聞きますね。わざわざ私があなた方に教えて差し上げるとお思いで?」
「出来ればそうしてもらいたいね」
「面白い。随分と楽天的、いえ、自分本位な思考の持ち主の様ですね」
「魔族のお前に言われたくないさ」
「何を言うのです! 魔族ほど献身的な種族はいませんよ」
「その献身さとやらを他の種族にも向けてもらいたいものだな」
「それはお互い様でしょう」
確かに、そうかもな。
「メフィストといいお前といい、魔族ってやつはどうしてこうも性格まで厄介なんだろうな」
「……なぜ人間のあなたがあの方の名前を知っているのです」
パルコマンは仮面の奥の瞳を大きく見開くと、今までになく驚いた表情を見せた。
メフィスト・フェレス。
エンティナ領で辛酸を舐めさせられた第六天魔の称号をもつ上級魔族。
「お前、メフィストを知っているんだな」
「当然でしょう。われら魔族であの方を知らないものなど誰もおりませんよ。しかし、どうして人間如きがあのお方を――。もしや、あなたはオルメヴィーラ領の領主ではありませんか?」
「だからどうだって言うんだ」
「くっくっくっ。なるほど、そういうからくりでしたか」
何が可笑しいのか、パルコマンは得心したように深く頷くとくぐもった声で小さく笑い始めた。
「あなたの事はメフィスト様から伺っています。実に興味深い男がいると。なるほど。あなたの事でしたか」
「……あなた、魔族とどういう繋がりがあるんですの?」
「そんなの俺が知るか」
「殺してしまう前で本当に良かった。薬のデータも十分集まりましたし、あなたに手が出せないと分かった以上、ここにいる意味はもうありませんね」
手が出せない?
どういう意味だ。
こいつメフィストに何かを命じられているのか?
だとしたらそれは一体なんだ。
俺を殺してはいけないだと?
そう言えば奴等も俺に死なれては困ると言っていた。
俺がメフィストの言う所の舞台に必要な役者だからなのか?
ならその舞台ってのはなんなんだ。
くそっ!
訳がわからない。
「パルコマン。街の人を犠牲にしておいて、わたくしたちが見す見すあなたを逃すと本気で思っているのですか?」
「犠牲? 犠牲ですって? 皆、快楽を求め自ら望んで薬を買い求めたのです。それを私のせいにするなどお門違いも甚だしい」
「ですが、薬を作ってばら撒いたのはあなたですわ。それでも責任はないと?」
「当たり前です。すべて己の欲望、弱さに負けた結果。薬は毒。副作用があるのは当然の事」
「だからと言ってあなたのやっていることが許される道理はありませんわ」
「見解の相違ですね」
「パルコマン。お前はあの薬を使ってモレアルで一体何をしようとしていたんだ」
俺の問いにパルコマンは笑顔の仮面に手を当て数秒間沈黙すると、何を思ったのか今度は一転して饒舌を振るい始めた。
「――オルメヴィーラ領主。私はね、この薬でとある実験をしていたのですよ」
「実験?」
驚くメリダをよそにパルコマンは懐から取り出した“ディアヴォロ”を指で弾き宙に放り投げると、仮面の口から舌を長く伸ばし薬を飲み込んでしまった。
「これは、人間を魔族に変える為の特別な薬」
「人間を魔族に!?」
「そんな事が可能なのかの?」
「さぁな。それよりそんな事をしてどうする。人を魔族に変えて互いに争わせるつもりだったのか?」
「なるほど。確かにそれも面白いかもしれませんが、そうではありません。まぁ、これ以上説明した所であなた方に理解できるとは思いませんが、結果としてこの薬は失敗に終わりました」
「だろうな」
「残念な事にあなた方人間は私たちが思っている以上に脆弱でした。見たでしょう? この薬の効果に肉体が耐えきれず魔族へと変異する前に皆暴走し死んでしまった」
あの人間離れした力や動き。
肥大化した筋肉、変形した骨格。
――人間を魔族に変える薬。
なんて恐ろしい事を考える。
「――どうして急に話す気になった」
「どうして? ふふふっ、気が変わった、ただそれだけですよ」
気が変わった、か。
いや、違う。
メフィストの名前を出した途端、こいつの態度は明らかに変わった。
目的は何だ。
一体、俺の周りで何が起きている。
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