モレアルの聖女と不穏な影ー15
“ディアヴォロ”
それが最近このモレアルに出回っている例の薬の名前らしい。
「なんでもその悪魔の薬を使えば、この世のあらゆる苦痛から解放され、すべての欲望が満たされるとか」
「今回の件、本当にその薬が原因なのか?」
「それをこれから確かめるんですわ。それで、Mr.モグラ。その“ディアヴォロ”どうやったら手に入るのかしら?」
「わかりません」
Mr.モグラはメリダの問いに間髪入れることなくそうハッキリと答えた。
「わからない?」
「はい、薬は夜な夜な売人が売り歩いているようなのですが、毎夜現れる売人はどうも全員違う人物らしいのです」
「でも、何か手がかりくらいは掴んでいるのではなくて?」
「そうですね。売人は“ディアブロ”を渡す際、必ずその場で薬を使わせるそうなのです。そして使用を確認してから金を受け取り、姿を消す」
なるほどな。
毎回売人が違えば顔が知れ渡る事はない。
さらにその場で使用させてしまえば、ブツが残る心配もないってことか。
「つまりこのモレアルの街のどこかに現れる売人を現行犯で取り押さえなければなりませんのね」
「そういう事です」
「Mr.モグラ。ヤバそうな薬に手を出す売人に心辺りはないのか?」
「この界隈にヤクの売人など星の数程いますからね。さすがに誰とまでは」
あまりにも漠然とした情報にメリダも苛立ちを隠せず、淡々と話すMr.モグラをキッとした目つきで睨みつけていた。
「――Mr.モグラ。分かっているとは思いますけど、この程度の情報提供ではとても釣り合いませんわ」
当然だと言わんばかりに彼女の言葉に頷くと、Mr.モグラはなぜか頼んでもいない真っ赤な酒をショットグラスに注いで目の前に差し出した。
「承知しています、メリダ女史。このモグラ、もう一つとっておきの情報をご用意しております」
「相変わらず嫌なモグラですわ。勿体付けないで早く話してくれないかしら」
Mr.モグラはメリダの嫌味に仮面中央の細く伸びた鼻に手をやると、ぴんと張った長い髭を指で優しく摘まみ上げ怪しく口を歪ませた。
「いままでその薬が売られた場所は私が確認している限り14ヵ所。そのどれもが人の多く集まる夜の酒場。そして今まで一度たりとも同じ場所で取引が行われた形跡はございません」
「つまり、まだ売人が現れていない場所で張り込めばそやつに遭遇する可能性が高いんじゃな」
「ご明察」
「そしてこの“土竜の棲み処”以外に売人が現れていないのはただの一軒だけ」
「それはどこですの!」
声を荒げるメリダ女史の目の前に置かれた華やかで赤いカクテル。
「その店の名前は“レッドアイ” この美しいお酒と同じ名前の店でございます」
「“レッドアイ” わかりました。それだけ話を聞ければ十分ですの。二人共、もうここには要はありません。今すぐレッドアイに向かいますわ!」
「やれやれ、落ち着きのない奴じゃな」
「まぁ、仕方ないさ。今日取り逃せば次のチャンスがいつあるかわからないからな」
さっさとこの店から出たいのか、Mr.モグラから薬の手掛かりを得るとメリダは礼を言うでもなく、カウンターを離れ足早に出口へと歩き出していた。
「そうそう、メリダ女史。もう一つ私からあなたへプレゼントがございます」
「プレゼント?」
その言葉に一瞬怪訝そうな顔をしたメリダだったが、扉の前で身を翻すとため息交じりにカウンターの前へと戻ってきた。
「はい。モグラからの心ばかりの贈り物でございます。“レッドアイ”のマダムはこのモグラの顔なじみ。もしマダムの見知らぬ客がいればきっとメリダ女史に知らせてくれるでしょう。ラック様、このコインを彼女にお渡しください」
カウンターにそっと置かれた一枚の銀貨には土から顔を出す土竜が描かれていた。
「メリダ女史。4人のリストは後でお送りしますので、どうかよろしくお願いいたします」
「ふんっ、わかりましたわ」
「では、なにかお困りになるような事がありまたら、またこちらにお越しください。このモグラ、メリダ女史の再びの来店を心よりお待ちしております」
「出来ればもう二度と来たくありませんわね」
メリダはグラスに注がれたミルクティーを一気に飲み干すと、Mr.モグラには目もくれず地下の酒場を後にした。
“土竜の棲み処”を出た俺たちは“レッドアイ”を目指すべく、来た道を急ぎ戻っていた。
「なぁ、メリダ。さっきの“土竜の棲み処”には売人は現れないのか?」
「確かにそうじゃな。あやつの言う事がもし本当なら“レッドアイ”とのどちらかに姿を現すはずじゃ」
「そうですわね。でもあそこはMr.モグラが許可した者しか入れない特別な店。一見はまずは入れませんわ」
「なるほど」
「にしてもあれほどの情報屋がこの街にいるのなら、初めから訪ねていれば良かったではないか」
「冗談ではありませんわ!」
「なにをそんなに怒っておるのじゃ」
「今回は仕方なく頼りましたけど、出来ればこの手は使いたくありませんの!」
「どうしてじゃ?」
「どうして? あの男は良心から情報を提供することなんて万に一つもありませんの。対価を払わねば誰かが目の前で死にそうになっていたとしても決して手を差し伸べたり致しませんわ。あの男はそう言う男ですの」
「……メリダ、やっぱりさっきあいつと取引したんだな」
「えぇ、そうですわ。モグラが情報の対価としてもわたくしに要求するのは身柄の解放」
「4人っていうのがそうなんだな」
メリダはロザリオを握りしめながら悔しそうに頷いてみせた。
「モグラの要求は第一級犯罪者の解放。今回のリストに書かれている名前も多分凶悪犯ばかり」
「そんな要求、メリダが勝手に飲んでいいのか?」
「もちろん良いわけがありませんわ。でも、背に腹は代えられませんの。……これ以上弟の様な被害者を、出すわけにはいきませんから」
「なぁ、メリダ。Mr.モグラの目的は何なんだ? 犯罪者を解放して奴になんのメリットがある」
「Mr.モグラは裏社会に通じてますの。ですから、あいつの元には様々な依頼が舞い込んできますわ」
「凶悪犯の解放もその一つという訳か」
「たぶん、そうですわ」
「もう情報は聞き出したんじゃ。あやつのそんな要求など突っぱねてしまえば良いではないか」
「確かにそれも一つの手ですわ。けど、それをしてしまったらもう二度とMr.モグラから情報を得ることは出来ませんの。悔しいですけどモグラの情報で多くの事件が解決したこともまた事実」
やはり情報と言うのはどの時代でもどの世界であろうとも、お金以上に価値があるってことか。
「色々と面倒なことじゃな」
「そうですわね。でも、Mr.モグラが私に出す条件はいつも要求した人物を解放する事だけ」
「つまり解放した後、そいつがどうなろうと関係ないわけだ」
「そういう事ですわ。また捕まえようがその場で殺そうがそれは条件に含まれませんの」
売春街を抜け屋台の建ち並ぶ大通りに入り。
そこから更に二つほど路地裏に入った場所に目的の酒場は店を構えていた。
レッドアイと赤い原色で描かれた看板の店には引っ切り無しに客が出入りし、少し離れたこの場所からでも賑わっているのが容易に想像できた。
「あの店が“レッドアイ”か」
「えぇ、そうですわ。一先ずモグラの事は忘れて今は目の前の事に注力しましょう」
「そうじゃな。これで売人を取り逃がしては本当に目も当てられないからの」
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