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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第九章

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モレアルの聖女と不穏な影ー13







 どんな世界にも、いやどんな街にも表の顔があれば裏の顔が存在する。



 一見活気にあふれ治安のよい平和な街に見えたとしても、一歩路地へ足を踏み入れればそこには危険な誘惑が溢れている。

 


 賑わう商業都市の外れ、風すさぶ湖岸には数多くの売春宿が建ち並ぶ。



 月夜が夜道を照らす頃、念入りにめかし込んだ女性たちはそれぞれお店の前に立ち、胸元や太ももを露わにした艶めかしい格好で男を誘惑し次々店の中へと入っていく。



 売春婦たちの魅惑的な誘いを聞き流しながら足早に前を通り過ぎると鼻につく独特の香水と酒の匂いに頭がくらくらしてくる。


 

 まぐわいの声が漏れ聞こえる淫靡な世界。



 教会の正装を身に纏ったメリダは場違いな雰囲気などまるで意に介さないと言った様子で脇目もふらずに突き進んでいく。



 「メリダ、どこに向かってるんだ」



 「もう少しで着きますわ」



 

 歓楽街のさらに奥。



 大通りの賑わいもここには届かず、道端には酒で酔いつぶれた女性が下半身を丸出しでうずくまり、物陰では明らかに様子のおかしい男がフードで顔を隠した売人と袖の下で何やら取引をしている。



 周囲に警戒を払いながらも逸れないよう彼女の後ろをついて行くと、メリダは地下へと通じる階段のある不気味な建物の前で立ち止まった。



 「ここが目的地なのか?」



 「えぇ、そうですわ」


 

 暗がりを見つめ露骨なまでに嫌悪感を示したメリダだったが、時間が惜しいのかため息交じりに明かりも灯らない暗い階段を降りて行った。



 地上部分はもう長い事使われていないようで建物の壁や柱の一部はくぐれ落ち既に廃墟と化していたが、地下へと通じる階段は綺麗に補修されゴミ一つなく手入れが行き届いている。



 肌に纏わりつく様な湿気と雨の日に地面から沸き立つあの独特なカビの臭い。



 階段を降り土壁に覆われた細い通路をしばらく奥へと進むと、そこには道を塞ぐように一枚の木製の扉があり“土竜の棲み処”という看板が掲げられていた。



 「……なんじゃ、ここは?」


 「ただの酒場ですわ」



 「酒場? わざわざこんな陰湿な場所で商売をしておるのか。誰もこんな所に酒なぞ飲みに来んじゃろうに」



 「世の中には物好きという人種が結構いるんですのよ」

  


 メリダはうんざりした顔でドアノブに手をかけるとしぶしぶ“土竜の棲み処”へと足を踏み入れた。



 ――土竜の棲み処とはよく言ったものだ。



 モレアルの地下に作られた酒場の店内はやけに薄暗く余程近づかなければ互いの顔が確認出来ない。


 天井も二メートル程しかなくどうにも圧迫感で落ち着かない。



 細長く続く店内には壁と並行してカウンター設置してあり、所々掘られた四角い穴には幾つもの酒が種類ごとに綺麗に並べられている。


 奥に進むとそこにはテーブルが数台と椅子も無造作に幾つか並べられており、その大半は既に先客で埋まっていた。



「――嬢ちゃん、ここは小便臭いガキが来る場所じゃねぇんだ。悪い事は言わねぇ。とっとと家に帰りな」



 入店早々この店の関係者なのか、やたらに猫背気味の大柄の男はカウンターに座ろうとするメリダを捕まえると前に立ちはだかり顔を覗き込むように威圧してきた。



 「汚らわしいから、わたくしに話しかけないでくださるかしら」


 「あ!? てめぇ、この俺に喧嘩売ってるのか!?」


 「はぁ、これだから男って大嫌いですの。あなた、わたくしの言葉が理解できなかったのかしら? それともこんな気の滅入る場所にずっといるから頭だけじゃなくて耳まで腐ってしまったのかしら?」



 「おい、メリダ。変に挑発するなよ」


 「挑発なんてしてませんわ。ただわたくしは思ったことを口にしたまでですの」


 

  だから、それが挑発だって言ってるんだよ。



  「ちびガキが! 舐めてんじゃねーぞ!」


 暗がりでもわかるほど顔を赤くした男は余程頭に血が上ったのか、肩を震わせながら彼女の胴回りほどもある太い腕を振り上げると、怒鳴り散らしながら彼女の胸倉に掴みかかった。



 だから、言わんこっちゃない。



 俺は憤怒した男を止めようと咄嗟に身構えたが、それを察知したメリダは大丈夫と言わんばかりに目で俺を制止した。



 無骨な手が彼女に触れようとしたその刹那、男の巨体が宙に浮くとその場でくるっと一回転し、大きな音を立てながら地面に激しく叩きつけられたのである。



 メリダは手を捻り上げあらぬ方向に腕を押し曲げると倒れた男の背の上に立ち、まるで汚らわしい物を見るかのような目で男を見下していた。


 

 「もう一度忠告致しますわ。わたくしに話しかけないでくださいませ」



 脱臼した肩の痛みで彼女の言葉が届いているかは定かではないが、男は涙目になりながら情けなくコクコクと頷いている。

 


 店内での大立ち回りだと言うのに客は誰一人として騒ぎ立てる様子もなく、男の呻き声だけが虚しく響いていた。



 「――メリダ女史、その辺りで許しては頂けませんか」


 

 カウンターの奥、俺たちが入店した時からそこにいたであろう一人の男は影からゆっくり姿を現すとメリダに許しを請う為か、手に持っていたグラスを彼女の前に差し出してみせた。

 


 「Mr.モグラ、お久しぶりですわね」



 「いつぶりでしょうか。メリダ女史はここに来るのを随分と嫌がっていたと記憶しておりますが、はてさて今回は一体どういったご用件ですかな」





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また、ブクマ、評価してくださった方へ。

この場を借りて御礼申し上げます(/ω\)


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