モレアルの聖女と不穏な影ー12
モレアルには街道へと通じる街の出入り口の他にも要所要所に警備兵たちが待機する詰所が設置されている。
人の流入の多い場所ではそれに比例して必ず犯罪や事件、事故が発生する。
その為、王国の市場としての大きな役割を持つこの街では昼夜を問わず治安維持のため、各所に兵が配備され常に目を光らせている。
「――グロック、グロックは戻っているかしら?」
勝手知ったる詰所といった所か。
入り口に立っていた若い警備兵に声を掛けることもなくメリダは詰所の扉を開けると、机の上で書き仕事をしていた兵士にグロックと言う人物の居場所を尋ねていた。
「グロック? あいつなら上で検死の結果を報告書にまとめますよ」
「ありがとう、丁度良かったわ」
「なぁ、メリダ。グロックってのは誰なんだ?」
「グロックはこの警備隊で唯一の医療担当官ですわ」
「医療担当ね。まさかそいつ一人でここの警備兵全員の治療を見ているのか?」
「基本的にはそうなりますわね。もちろん、緊急の時はわたくしや看護兵がサポートに回りますけど」
まぁ、普段はそれほど怪我人や病人はでないという事なのだろう。
「それじゃさっさと二階に行きますわよ」
「了解」
俺とドワ娘は兵士たちに訝しげな眼を向けられながらも、お構いなしで進むメリダの背を追いかけ二階へと上がっていく。
詰所といってもただの待機場所ではなく地下一階の牢屋から四階には仮眠室、と言った感じでそれなりに設備の充実した建物となっている。
石造りの螺旋階段を上り二階に到着すると、そこには熱心に何度も何度も書類に目を通している男がいた。
男は予期せぬ訪問者に手を止めると、なぜか嬉しそうに駆け寄ってきた。
「メリダさん、どうしたんですか? 確か今日は非番でしたよね」
「えぇ、そうなのですけど。実はあなたに色々聞きたいことがあって顔を出したんですわ」
「僕に聞きたいことですか?」
「えぇ」
「僕に答えられる事でしたら――メリダさん、後ろのお二人はどなたですか? 多分初めて見る顔だと思うのですが」
「この二人は今わたくしの下で見習いをしているラックとフレデリカですの」
「見習い、ってことは聖リヴォニア教会の?」
「そうですわ」
「な!? い、いつからわらわがおぬしの見習いになったのじゃ!」
「え? 見習いではないのですか?」
「ち、違いますの、グロック。えーっとなんと言ったらいいのかしら。この娘、昔からちょっと変わっていて時折おかしなこと口走りますけど、あまり気にしないでくれると助かるわ」
「変わっているのはおぬしの方じゃろがっ!」
「少し黙っててくださいまし。見習いという事にしておけば話が早いんですわ」
「うぬぬぬ。あとで覚えておれよ」
「そんな事よりもグロック。昨夜ここに運び込まれた男の検死結果はもう出たのかしら?」
「はい、丁度今しがた終わったところです」
「そう。それでどうでしたの?」
メリダの問いに対するグロックの返答は芳しいものではなかった。
「――男の死因は今回も過度な心臓への負担による心肺機能の停止だと考えられます。血管は破裂し筋肉は酷い炎症を起こし、体中の至る所で骨に亀裂が生じていました」
「魔法の干渉や呪いについてはどうだったのかしら」
「いえ、そういったものは特に見受けられませんでした」
「やはりそうですか」
「魔法の影響があったかなんて調べる事が出来るのか?」
「はい。死後数日経過してしまうと難しいですけど、そうでなければ体内に残った魔素でおおよそは判断できます」
「なるほどな」
グロックの検死の通り今モレアルで起こっている事件の背景にあるのが魔法の類ではないなら、他に考えられる原因は――
「他になにか気付いたことはありませんでしたの?」
「――これはあくまで僕の推測なんですが、今までみたどの遺体も急激な変化による身体への負担、それに耐え切れずに死んでしまったのではないかとみています」
「つまり、どういうことじゃ?」
「亡くなった人たちの身体にはどこかに何かしらの変異が起こっていたんです」
「変異? そんなの初めて聞きましたわ」
「具体的にどういう事なんだ?」
「えっと、そうですね。筋肉の一部が極端に肥大化していたり、あるいは皮膚が鋼のように硬くなっていたりと様々です。昨晩運び込まれた人も骨や筋肉に変異が見て取れました」
「要は身体中で、か。突然暴れ出すことを考えると脳にも影響が及んでいるんだろうな」
「そうだと思います。ただ何が原因で変異が起こっているのかは……」
――考えらえるとすれば、時期的にも例の薬が一番怪しいと言わざるおえない。
「ところで、グロック。あなた、新種の薬物について何か話を聞いたことはないかしら?」
「薬物ですか? いえ、そういったものは特に」
「……そう。ならいいですわ。グロック、わたくしたちこれから情報を集めに街にでますわ。また何か気づいたり、分かったりしたことがあったらわたくしに教えてくださいな」
「もちろんです。メリダさん」
メリダは用件だけを済まし挨拶をすると名残惜しそうなグロックを他所にすたすたと階段を降りて行ってしまった。
詰所を出て振り返ると窓からグロックが顔を出し、手を振っている。
一生叶わぬ淡い恋心か。
メリダはそんな彼の気持ちを知ってか知らずか、気に留める様子もなく夜の歓楽街へと足を踏み入れていった。
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