ダンタリオン地下迷宮ー26
奴は確かにこう言った。
貴様に死なれては困る、と。
それが何を意味しているのかこの時の俺には理解できなかった。
「――ラック様!」
耳元で懐かしい声が聞こえる。
「――おぬし、なにをやっておるんじゃ!」
どうやら俺はみんなのところに戻れたらしい。
あの異空間で対話したあいつらは一体何者だったのだろうか。
いまだに奴らの声が頭の中に響いているようで軽い吐き気がする。
「――オルメヴィーラ公!」
徐々に意識が覚醒し、みんなの声がはっきりと聞こえてくる。
「――パパ! パパっ!」
ラフィテア、フレデリカ、ヴェル、それにセレナ、どうやらみんな無事のようだ。
「――だ、旦那! な、なにやってるんだ!」
この声はラトゥか。
こいつのおかげでえらい目にあった。
それにしてもさっきからみんな何をそんなに慌てているんだ?
俺はこうして無事帰って来れたというのに。
「ラック様! 早く逃げてください!」
早く逃げろ?
てっきり俺は安全な場所に転移してもらったと思い込んでいたが、奴とそんな約束は一つもしていなかった。
ラフィテアのその言葉に俺は慌てて目を開けると、何故かそこにはかつて見た光景が広がっていたのである。
「――旦那、早く逃げないと生き埋めになっちまう!」
どうなっているんだ!?
周囲は石壁に囲まれ、崩落する穴には俺一人が取り残されている。
足元にはウロヴォロスの死骸と足に絡みついたラトゥの鞄。
見上げればラトゥが必死に手を伸ばし俺の腕を掴もうとしていた。
どういうことだ。
アレは幻覚、いや夢だったのか?
……そんな馬鹿な。
「パパっ。早く!」
いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
俺は短剣を抜き放つと足の自由を奪っていた紐を断ち切り、急いで壁を駆け上っていく。
――次の瞬間、激しい揺れに襲われると轟音が鳴り響き足元は崩れ落ち、巨大な岩が大穴を埋め尽くしてしまっていた。
「まったくおぬしはいつも冷や冷やさせおって」
「ですが、無事でよかった」
「ほんと、ほんと。これで旦那が生き埋めにでもなっちまったら、おいらどうしようかと思ったぜ」
「どの口が言っているのですか? ラトゥ」
「セレナ嬢、おいらだって悪気はなかったんだ」
「もし悪気があったのなら、この場で切り捨てている所です」
「おぬしも何か文句の一つでも言った方が良いぞ」
「ん? あぁ。みんな無事でよかったよ」
「――?」
ウロヴォロスの墓標となったその穴は完全に塞がり、地下深くへと通じる道はもうそこには存在していなかった。
「どうかなさいましたか?」
「ラフィテア。俺がラトゥを助け出した後、何か変わったことはなかったか?」
「変わったこと? いえ、私は特に気づきませんでしたが」
「そうか」
ラフィテアが嘘をつくわけがないし、その必要もない。
地の底に吸い込まれていくような感覚。
身を溶かすようなマグマの熱。
そして背筋も凍るようなあの悪寒。
あれがすべて俺の幻覚だったっていうのか?
心配そうにするラフィテアを他所に俺は頭を掻きむしりながらしばらく大穴を眺めていた。
じゃ、やっぱりアレは俺の見た幻だったのか?
誰一人として俺がこの大穴に落ちたことを覚えていない。
あるのはこの頭の中にある記憶だけ。
……なんだってんだ、本当に。
今日は色々な事が起こり過ぎて頭がオーバーヒートしそうだ。
掻きむしる手を止めると、視線を上げ大きなため息をついた。
ここは一旦全部忘れてゆっくり休もう。
俺は混乱する頭をリセットするべく自分の頬を叩こうと両手を広げたその時、あるものが視界に飛び込んできたのである。
「……なんだこれは」
それは掌に描かれていた謎の魔方陣。
描かれたというより刻まれていたという表現が正しいかもしれない。
まるで最初からそこにあったと思えるほど馴染んでいたそれは左手と右手、左右にそれぞれに一つずつ描かれていた。
(キサマの身を守る特別な力ヲ分け与えてやる)
これが奴の言っていた特別な力なのか?
やはりアレは夢や幻覚なんかじゃなかった。
この両手にある魔方陣がそれを証明している。
――これにどんな力があるのかは分からないが、俺の体験したことも含めしばらくこのことは皆には秘密にしておいた方が良いかもしれない。
「オルメヴィーラ公、なにか気になる事でも?」
「いや、なんでもない」
「ラフィテアそれにセレナ、そろそろ戻ろうか」
「はい、ラック様」
「――今日わらわはもうなにもせんぞ! 絶対、絶対にじゃ!」
「はいはい、そうだな。今日はみんな頑張ったご褒美に腕によりをかけて美味しい料理を作るか」
「おぉ、いいの! わらわは分厚い肉が食べたいのじゃ!」
「パパ、ヴェル、お料理手伝いたい!」
「そうか、よし! 一緒に作るか」
「うん!」
あの雪のような白い世界は失われ、辺りは暗闇と静寂に包まれている。
――ダンタリオン地下迷宮。
そう遠くない未来、また訪れる必要があるかもしれない。
俺は魔方陣を隠すように両手を握りしめると、得も言われぬ不安を抱きながらこの場を後にした。
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