ダンタリオン地下迷宮ー24
――この世界に終着点いうものが存在しているとしたら、きっとここがそうなのだろう。
まさかあの大空間の下にこんなものが存在していたなんて……。
崩落に巻き込まれた俺は永遠とも思えるほど長い時間を、実際には数分程度なのだろうが、落ち続けていた。
このままの勢いで地面に叩きつけられれば落下の衝撃でまず間違いなく俺は即死だ。
仮に今、この落下から逃れても、ここから元いた場所までこの穴をよじ登るなんて芸当出来やしない。。
……にしてもどこまで続いているんだ、この大穴は。
もちろんここから穴の底など窺い知ることなど出来やしないが、ちゃんと底という物が存在しているのなら俺よりも先に落ちた岩石たちが終点を音で知らせてくれるはずだ。
しかし、これが、この果てしなく続く大穴が丸々全てダンタリオン地下迷宮だとしたら、俺達がいた50階層なんてほんの表層に過ぎなかったのかもしれない。
セレナたち聖リヴォニア騎士団は王国の威信をかけダンタリオン地下を攻略しているようだが、この巨大な地下迷宮、人の身では一生をかけても最深部に到達することは不可能だと思わずにはいられなかった。
感覚を研ぎ澄まし、耳をそばだたせているが、風を切る音以外何も聞こえてはきやしない。
本当に地の底は存在するのだろうか。
まさかこのまま地獄に通じているのではないか。
そんな疑念が頭の片隅をよぎりかけた丁度その時、まるで一等星のような小さな明かりが暗闇の奥に映り込んだのである。
その針の穴ほどだった小さな点は瞬きをするごとに大きくなり、徐々にその明るさを増してく。
なんだ、あれは?
ついさっきまでは暗がりの世界が支配していたはずなのに、朝焼けの太陽のように明るくなっていく。
日を浴び、心なしか暖かくなったようにさえ感じられる。
まさか、地殻を貫通して星の反対側にでも辿り着いたってのか?
いや、そんな馬鹿な。
じゃ、あれは一体――。
ここ最近、嫌な予感がやけに的中する。
額に滲む汗が頬を伝って首筋へと流れていく。
迫りくる光の正体を探るべく、じーっと目を凝らしていると思わず否定したくなる答えを一つ導き出してしまっていた。
……嘘だろ、おい。
地の底で煮えたぎるように光を放つアレの正体を俺はたった一つしか知らなかった。
――そう、マグマだ。
まずい、まずい、まずいっ!!!!
このままじゃ十数秒もしないうちにあの中でおねんねだ。
俺は腰にぶら下がっていたワイヤーの先端を短剣の柄の部分に縛り付けると、不安定な体勢から大穴の内壁に向かって短剣を全力で放った。
狙い通り岩と岩の隙間、岩壁に上手いこと突き刺さった短剣だったが、伸びきったワイヤーは俺の重さと落下のスピードに耐えきれずプツンと簡単に切れてしまった。
くそっ、ダメか。
だが、いまので少しは落下のスピードを減速できたぞ。
マグマの海にダイブするまでもう時間がない。
俺は数本短剣を取り出すとそれぞれにワイヤーを括り付け、次から次へと投げ放っていく。
いつしかこの大穴は溶岩によって昼間のように明るく照らしだされ、閉鎖されたこの空間は異様な熱気に包まれていた。
タイムリミットが近づきつつある中、幾度となく短剣を投げ続けるがそれでも天から伸びた蜘蛛の糸はあと一歩のところで切れてしまう。
眼下には煮えたぎる焦熱地獄。
久しぶりの獲物に腹を空かせマグマが泡を立て、手を伸ばしている。
もう、間に合わない。
抗えぬ死を前に思わず諦めの言葉が喉まで出かかった時、ふと、あるものが俺の目に飛び込んできたのである。
それは死と生の境界線ギリギリに存在した小さな横穴。
――あの中に飛び込めれば助かるかもしれない。
だが、重力に囚われているこの状態からどうやってあそこに飛び込む。
この速度じゃ金属のワイヤーでも俺の体重を支え切れない。
セレナのように風魔法で空中を移動出来もしない。
せめて、なにか、なにか足場になるようなものさえあれば、いやそんなものがあればとっくに――
いや。
ある。
そうだ、あるじゃないか。
俺は直前に迫った溶岩の海に背を向けると、もう一度短剣にワイヤーを括り付け、それに向かって力強く投げ放った。
俺をこんな所に突き落とした張本人。
投擲した短剣が狙い通り目標物に突き刺さると、俺の身体はピンと張ったワイヤーに引っ張られ、かつて死闘を繰り広げたウロヴォロスの背の上に立っていた。
――死ぬかと思った。
マグマの海から辛うじて脱出した俺は窮地を救ってくれたウロヴォロスの亡骸にそっと手を合わせていた。
溶岩に呑み込まれたウロヴォロスは叫ぶことさえなくゆっくりとマグマの海の底に沈み、最後は骨さえ残らずすべて燃え尽きてしまった。
ウロヴォロスの次はマグマの海とは、なんて厄日なんだ。
運よく助かったのはいいが、さて、これからどうする。
天を高く望むが、落ちてきた穴が見えるはずもない。
脱出するにしてもここはダンタリオン地下迷宮か、それとも地上へと通じる道もない天然の洞窟なのか。
前者の場合、俺達がいた場所は地下50階層。
そこから同じような階層がずっと続いたとして、落ちてきた距離は数キロにも及ぶ。
つまり、ここはダンタリオン地下で言えば500階層くらいにはなるって事だ。
500階層?
なんの悪い冗談だ。
いや、これはあくまで仮説だ。
まだそう決まったわけじゃない。
一旦落ち着け、俺。
もう一つの可能性もまだある。
ここがダンタリオン地下迷宮などではなく、ただの地下洞窟だった場合だ。
もし、そうだとしたら地上へと通じる道は他になく、この大穴を登るしか脱出手段がない。
この垂直に伸びた壁を素手で登るだって?
……どちらにしても困難しか待ち受けていないのは明白だ。
幸いな事に食糧や飲み水はアイテムボックス内に十分ある。
飢餓で死ぬという事はしばらく心配しなくていいが、それでもいつかそれも尽きてしまう。
つまり、その前に脱出方法を見つけ出さなければ、溶岩に身を投げることにもなりかねない。
当たり前だが、そんなのは御免こうむりたい。
生きて帰る為に今すべきことはこの穴がどこに繋がっているのか、それを調べる事。
この先が地下迷宮に通じているなら地上に戻れる可能性はある。
俺はもう一度落ちてきた穴を見上げ、それから意を決し暗く先の見えない洞穴へと足を踏み入れた。
洞穴内はマグマが直下を流れるいるせいか、強烈に暑い。
ついさっきまで凍てつく様な環境にいたというのに、何がどうしてこうなってしまったのか。
まったく溜め息しか出てこない。
それはそうと、50階層にいるセレナやヴェルたちは大丈夫なのだろうか。
人の事を気に病んでいる場合でないのは重々承知しているが、やはり連絡が取れないと心配になる。
50階層の拠点には一ヶ月分ほどの食料や水もあるし、セレナやラフィテアがいれば魔物も脅威にはならない。
それにいざとなれば転移装置を使ってセレナの持っている魔鉱石で地上に戻ることも出来るだろう。
俺はドワ娘から預かった指輪は確認する。
指輪の宝石は淡く光っており、互いが無事である事を俺に教えてくれていた。
この指輪がある限り、ドワ娘もまた俺の生存を知ることが出来る。
これは自惚れかもしれないが、俺が生きていると分かれば彼女たちは俺を置いてここを脱出しようとは考えないだろう。
そしてきっと俺を助けに行こうとするはずだ。
俺が逆の立場でも必ずそうする。
しかし、嬉しい反面それは彼女たちの身を危険にさらすことになる。
ダンタリオン地下迷宮をさらに深く潜っていけば、いつかウロヴォロスの様な難敵に出くわすだろう。
いまの彼等ではけっして太刀打ちできない強敵。
――出来れば俺なんか放って置いてこの迷宮からさっさと脱出して欲しい。
だが、それを彼女たちは自ら選択しようとはしないだろうし、それを伝える術を持ち合わせていない。
つまり、俺のすべきことは決まっている。
出来る限り早くここを抜け出し、みんなを安心させること。もしそれが出来ないのであれば――
いや、いまはそれ以上考えなくてもいいだろう。
この先がダンタリオン地下迷宮ならひたすら上を目指すだけだ。
――さて、この先鬼が出るか蛇が出るか。
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