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幸運値に極振りしてしまった俺がくしゃみをしたら魔王を倒していた件  作者: 雪下月華
第八章

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ダンタリオン地下迷宮ー17






――次の刹那、ウロヴォロスの悲鳴が辺り一帯を支配した。





 ヴェルの一撃は奴の巨大な身体の中心部にまで到達しており、露になった背骨、そして大きく開いた傷口から紫色の大量の血液が飛沫をあげ白の大地を染めた。



 瀕死の重傷を負ったウロヴォロスは叫声をあげると、アスファルトの上に打ち上げられたミミズの様にその巨体をうねらせ、この階層を破壊しそうなほどの勢いで暴れまわっている。


 如何に不死の象徴ウロヴォロスと言えども胴体が千切れそうな程の深手を負っては直ぐに再生する事は叶わないようだ。



 

 あと一撃、それさえ奴に叩き込めれば俺たちに勝機が生まれる、はずであった。



 しかし、俺を含めその場にいる全員が身動きできずにいた。



 咆哮にも似た奴の悲鳴は強烈な空気の波を生み出し、その身体が震えるほどの大きな振動は大地に無数の亀裂を走らせ、フロアーを覆う氷壁を砕き、瞬く間に階層の隅々にまで到達した。


 

 言わばこれはカウンターアタック。



 つんざく様な金切り声に思わず武器を手放し反射的に耳を覆うが、ウロヴォロスの咆哮に全身をさらされ全員その場で蹲ってしまった。



 くっそ! 頭が痛い。視界が歪む。



 ウロヴォロスの思わぬ反撃で行動の自由が奪われたのは、ほんの数十秒。


 

 しかし、奴が体勢を整えるには充分な時間であった。


 きっと未だかつてここまでの傷を負わされたことはなかったのだろう。


 己の身体を傷つけられ激高したウロヴォロスは渾身の力でへたり込むヴェルを尻尾で弾き飛ばすと、少女の身体は軽々と空高く打ち上げられ、鈍い音と共にそのまま天井にめり込んでしまった。



 握られていた巨大な剣は主の手を離れ地上に突き刺さり、天井の破片がぽろぽろと崩れ落ちていく。



 先程までのたうち回っていた奴の傷はこの短時間で既に半分以上治っており、ウロヴォロスはヴェルにトドメを刺すべく、とぐろを巻き少女に照準を合わせていた。



 なんとかしないと、このままじゃ――



 徐々に意識ははっきりしてきたが、未だに身体は言う事を聞いてくれない。



 動け、動け、動けってんだよ!

 

 くそっ! くそっ! くそっがぁぁぁっ!


 ヴェル、今すぐ助けてやるからな!



 しかし、そんな俺の焦る気持ちを嘲笑うかのように天井にめり込んでいたヴェルの身体は腕、頭、胴体と順番に剥がれ、大きな口を開けて待ち構えるウロヴォロスの元へと落ちていった。



「ヴェル―――――っ!」



 少女を救いたい一心で伸ばした右腕。



 この腕が彼女を助けれられない事は自分自身が一番わかっている。


 だが、伸ばさずにはいられなかった。


 

 スローモーションのようにゆっくりと落ちていく一人の少女。


 そしてウロヴォロスは勝利を確信し、獲物を捕食しようと声をあげ身体を伸ばす。



 また、誰かが死んでしまうのか。


 俺のせいで、俺が弱いせいで彼女はここで喰われ、死んでしまうのか。


 

 いくら声をあげ、手を伸ばしても、届くことはない。


 救えない。


 領主? 救世主? そんな肩書糞の役にも立ちやしない

  


 ヴェル、ヴェル、ヴェル――。


 

 必死に伸ばした手を降ろそうとしたその時、彼女の声がそれを思いとどまらせてくれた。



 「――おぬしは何でも一人で抱え込み過ぎじゃ。わらわ達がいるのを忘れてもらっては困るの」



 先程まで倒れ込んでいたはずの少女はいつの間にか立ち上がり気丈に振舞うと、愛用の杖を振いヴェルを救出すべくウロヴォロスに向け精霊魔法を行使した。



 地の底から突き破るように現れた巨大な石柱は落ちてくる獲物に気を取られていたウロヴォロスの肉体を真っすぐ貫いた。



 鋭く尖った先端は喉から嘴を通り抜けるように突き刺さり、そのまま天井へと到達していた。


 串刺しになったウロヴォロスは口を封じられ咆哮を上げることも出来ず、石柱に巻き付き暴れている。



 「――今じゃ!」



 フレデリカの一声に力強く頷くと、落ち行くヴェルを救出すべく未だにうまく力の入らない足に気合を入れると無我夢中で駆けだしていた。



 「ヴェル、ヴェルっ!」



 ウロヴォロスに喰われる事無く地面へと落下したヴェルだったが全身を強く打ち付けピクリとも動かない。



 幸いな事に外傷は見られなかったが、武器を回収し少女を慎重に抱きかかえると急いで後方へと退避した。



 「ラ、ラック様」


 「ラフィテア、大丈夫か」


 「えぇ、私はなんとか。それよりもヴェルは――」


 「意識を失ってるが、大丈夫みたいだ」


 「そうですか」


 腕の中で横たわるヴェルを心配そうに覗き込むラフィテアだったが、傷もなく静かに息をする少女を見て安堵の表情を浮かべていた。


 フレデリカの魔法と彼女の丈夫な身体のおかげで何とか一命をとりとめたが、こんな幸運次はないだろう。



 今はまだドワ娘の魔法に囚われているウロヴォロスだが、抜け出すのも時間の問題だ。


 ヴェルが与えた傷も攻撃した場所がどこか分からない程回復してしまっている。


 そして転移装置までは遠く逃げ切る事も出来ない。



 万事休す、か。



 この追い込まれた状況の中、セレナは眠るヴェルの頭を優しく撫でると意を決したようにこう進言してきた。



 「――オルメヴィーラ公」


 「どうした、セレナ」


 「奴は私がここで食い止めます。ですから、オルメヴィーラ公、あなたは皆を引き連れて地上に脱出してください」


 セレナの突然の提案に、誰よりも早くラフィテアが口を出してきた。



 「セ、セレナ様、何をおっしゃっているのですか!」


 「ラフィテア、落ち着きなさい」


 「セレナ様はご自分が何をおっしゃっているのかわかっておいでなのですか!」


 「もちろん。わかっています」


 「なら何故! セレナ様を置いて逃げるなど絶対、絶対に――」

 

 「ですが、このままでは全員奴に喰われるのも時間の問題でしょう」


 「けど、だからってどうしてセレナが犠牲になるんだ!」


 「それは私が剣聖だからです。民を守るのが私の使命。それにここに来ることを進めたのも私です」


 「確かにそう提案したかもしれないが、決めたのは俺たち自身だ。その事にセレナが責任を感じる必要はない」


 「ですが、オルメヴィーラ公。何か他に助かる手立てはあるのですか?」


 「そ、それは……」


 「感情だけで行動していては助かる命も助かりはしません」


 「ですがセレナ様!」


 「ラフィテア。私は四剣聖の一人。こう言っては何ですがあなた達より強い。足手纏いはいない方がいいのです」


 「……セレナ様」



 確かにセレナは強い。


 ウロヴォロスに対しても善戦するだろう。


 だが、奴を殺す手段がなければ、ジリ貧になることは目に見えている。


 当然、その事はセレナも分かっているし、全員死ぬなら一人の犠牲で他の人が助かった方が良いのも理解できる。



 けど、納得なんて誰も出来やしない。

 

 全員が助からなきゃ意味がないんだ。



 なにか手はあるはずだ。


 この状況を打開する手段がなにか――。



 


 ウロヴォロスを封じていたドワ娘の土魔法だったが、石柱の至る所にヒビが入り今にも崩れ落ちそうにいなっていた。


 「オルメヴィーラ公、時間がありません。領主たるもの非常な決断も必要なのです。早く皆を連れて逃げてください」


 非情な決断。


 確かに俺はいま非情な決断をしようとしている


 「セレナ。セレナの判断はきっと正しいんだろう。たった一人の犠牲で全員助かるんだ。けど俺はお前を置いていくことは出来ない」


 「……」


 「俺はたぶん馬鹿なんだ。こんな状況でも感情を優先する。俺は全員を助けたい。セレナを死なせなくない」


 「では、全員で仲良くここで死のうと?」


 「そうじゃない。……けど、いくらセレナが何と言おうと誰もお前を置いては逃げない。そうだろ?」


 「セレナ様がここに残るのでしたら、当然私も一緒に戦います」


 「あなたたちは本当に愚かですね」


 「あぁ、そうだ。だからセレナ、お前の提案も愚かなんだ」


 「……はぁ、どうやら、そのようですね。ですが、オルメヴィーラ公、どうするつもりなのですか? 何か策でも?」


 「策って言えるほどそう大層な物はないさ。けど、諦めるにはまだ早い。そう思わないか?」


 「うむ。そうじゃな。こやつは諦めが悪い男じゃ」


 「ラフィテア、あなたも随分と大変な領主の元で働いているようですね」


 「そうかもしれませんね」


 「俺はみんなを助けたい。だからその命俺に賭けてくれ」




 俺の言葉に全員が力強く頷いて見せた。









この作品を少しでも「面白い」「続きが気になる」と思って頂けたら下にある評価、ブックマークへの登録よろしくお願いします('ω')ノ


また、ブクマ、評価してくださった方へ。

この場を借りて御礼申し上げます(/ω\)


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