ダンタリオン地下迷宮ー16
蛇は元々脱皮を繰り返し大きく成長し、長期の極限状態や飢餓にも耐えうる強い生命力を持っていて、ウロヴォロスは蛇の最上位種“輪廻の蛇”とも呼ばれ、不老不死や無限の象徴とされている。
だがそれはこいつが不死であることを意味するわけではない。
例えそれがどんな存在であろうとも生命の終着点が死であることに変わりはない。
ウロヴォロスの追撃を掻い潜り懐に飛び込むと、腹底に短剣を深く突き立てそのまま掻っ捌くように駆けていく。
こいつの体表面は固い鱗で覆われており、ヴェルの一撃ならともかく、俺やセレナのようなスピードタイプの攻撃では歯が立たない。
もちろん鱗の隙間を狙う事も可能だが、身体を蛇行させながら動き回る相手には困難を極めるし、それよりなにより鱗のない腹回りを狙う方が余程効率が良いと言える。
俺の動きに呼応するようにセレナも逆サイドから攻撃を仕掛けていく。
群がるハエを追い払う牛の様にウロヴォロスは尻尾で二人を薙ぎ払おうと試みるが、セレナは空中をいとも簡単に駆け上がりその一撃を難無く躱すと、正面に回り込み喉の辺りに小剣を突き刺し真下に向かって大きく躰を切り裂いた。
一見するとこちらが戦いを有利に進めている様に見えるが、実際のところ奴には全くダメージを与えることが出来ていない。
「ちっ」
地面に着地したセレナは小さく舌打ちをすると素早く剣を引き抜き、苦虫を嚙み潰したような顔でその場を離れた。
なぜウロヴォロスが不死の象徴とされているのか。
その答えはこいつの驚異的な回復力にある。
その驚くべき自己修復機能はいくらこちらが攻撃を繰り返そうとも見る見るうちに傷口は回復し、セレナが直前に攻撃した箇所でさえ既に傷跡は残っていなかった。
更にもう一つ厄介点があるとすればそれは身体を守るように覆っている皮と脂肪である。
一メートル近くあるセレナの剣でさえ奴の分厚い防御層を突破することは出来なかった。
つまり俺が扱う短刀などは問題外なのである。
いくら鱗のない腹を攻撃しようとも奴の皮を傷つけるだけで精いっぱい。
傷口から入り込んだヴェノム・スティンガーの毒の効果で奴の身体の一部は腐り溶け落ちはしたが中心部に毒が届くことはなく瞬く間に元通りになっていた。
「――厄介な相手ですね」
「あぁ。思った以上に面倒だな」
「どうやら私たちの攻撃では意味をなさないようですね」
確かにいくら仕掛けてもすぐに回復されてしまうのであれば、こちらがただ疲弊していくだけ。
なら、ちまちま攻撃するより一撃の必殺に賭ける方が良いかもしれない。
「ヴェル、頼む。手を貸してくれ」
ヴェルの扱う大剣なら蛇鱗そして奴を守る分厚い壁もまとめてぶった切り、奴にダメージを与えることも可能だろう。
だが、それでもあの大きさだ。
一撃目で深手を負わせたとしても致命傷を与える前に回復されてしまうかもしれない。
奴の自己回復機能がヴェルの攻撃に追いつかないことを期待するほかない。
「ヴェル、今から俺達で奴の注意をこちらに向けさせる。だからその間に、お前のその馬鹿でかい剣で奴に一泡吹かせて欲しいんだ。出来るか、ヴェル?」
「うん。任せて、パパ。ヴェル、セレナのおかげでここに来て強くなったの。だからパパはヴェルが守る」
「そうか。けど、無理だと思ったらすぐに後退するんだ。いいな」
「うん、わかった。約束する」
こんな幼い少女に頼らなければならないのは、心苦しいがこの際そんな事を言っている場合ではない。
ここで何とかしなければこの場にいる全員がウェアウルフの残骸のお仲間になってしまうのだから。
「では、頼みましたよ。ヴェル」
セレナはヴェルの肩の上に手を置き緊張する少女に優しく声を掛けると、視線をウロヴォロスに戻し愛用の小剣を構えた。
「二人共、いくぞっ!」
俺とセレナは左右それぞれに展開し奴の注意を惹きつけ、ヴェルはやや離れた位置から大きく迂回しウロヴォロスの胴体を目指す。
奴の脅威となる攻撃は主に二つある。
一つは広範囲の薙ぎ払い攻撃。
その巨大な身体を活かし周囲一帯を巻き込む至極単純な攻撃だが、まともに受ければ致命傷は避けられず、ましてや下敷きされれば命はない。
さらに体を覆う固い鱗が鋭いナイフとなって空中の標的を容赦なく襲う。
そしてもう一つは、ウェアウルフたちを屍たらしめた“強酸の霧”アシッド・ミストだ。
ウロヴォロスは捕食する際、獲物を丸々一飲みすると非常に強力な消化液で餌を溶かし、ものの数分で体内に吸収してしまう。
そして消化しきれず残ったものを排泄物として体外に排出する。
この無数のウェアウルフの屍の山は長い月日をかけ築かれたのだろう。
ウロヴォロスは胃袋に溜まった胃酸を逆流させ口内に含ませると、標的目掛けて強酸をまき散らす。
その強力なアシッド・ミストをまともに浴びれば立ち所に皮膚は焼け、肉はただれ落ち残るのは骨の残骸のみ。
アシッド・ミストは攻撃手段としても有効だが、周囲に敵を寄せ付けないといった意味で防御手段としても有能な技だと言える。
そんな攻守に渡り強力な技だが攻略手段がないかと言えばそうではない。
「ラフィテア、頼む!」
こちらにも風魔法のエキスパートが一人いるのだ。
後方支援に回っていたラフィテアは合図とともに風魔法を発動させた。
彼女の手から放たれた突風はいとも簡単に強酸の霧を払いのけ、ウロヴォロスへと俺たちを導いてくれる。
再びアシッド・ミストを撒き散らそうと胃袋を大きく膨らませるが、そうはさせじと今度は腹の下から上あごに向かって駆け上がり無数の斬撃を加えていく。
もちろん大したダメージは期待できないが、ほんの数秒足止めできればそれでよい。
奴にしてみれば蚊に刺された程度だろうが、先程からちょろちょろと動き回る俺たちに鱗を逆立て苛立ちを露わにしていた。
ウロヴォロスの注意は完全に二人だけに向けられていた。
――それは小さな身体にはあまりにも不釣り合いだった。
希少な黒曜鉱で打たれたドワーフ渾身の鉄塊は彼曰くドラゴンを殺すことが出来る唯一の剣だとか。
しかしそれを剣と呼ぶにはあまりに粗雑。
そんな巨大な段平を少女はいとも簡単に持ち上げると、目の前で暴れる魔物を討つべく宙を舞った。
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