ダンタリオン地下迷宮ー15
「――そうか。わかったぜ」
酷く静まり返った白の景色の中、隣を歩いていたラトゥがそう独り言のように呟くと、突然その場で立ち止まった。
「どうした、ラトゥ?」
「旦那、それにセレナ嬢。わかった、わかったんだよ」
「はっ? 何が分かったんだよ」
「こいつの正体さ」
そう言うとラトゥは一面に広がる白い結晶を一掴みして拾い上げた。
「こいつぁウェアウルフ、奴らの骨だ。あぁ、間違いねぇよ」
ウェアウルフと言えば狼と人族、双方の要素を合わせ持つ獣人の魔物。
高い知性と強靭な肉体、鋭い爪と牙を有し群れを成して行動する厄介な相手だ。
「こいつの骨は薬の材料としてそこそこ良い値段が付くんだ。何処かで見たことがあるとずっと引っかかってたんだが、ようやく思い出した。こいつはその変異種だろうよ」
「それは確かですか、ラトゥ」
「あぁ。この微かに香る獣の匂い。こいつは間違いなく人狼、やつの匂いだ」
「ちょ、ちょっと待てよ。……じゃぁ、なにか? この一帯すべてがウェアウルフの骨の残骸だって言うのか」
「そういう事になるな、旦那。あの地面に突き刺さった針みたいなもんは、ありゃ全部奴らの爪と牙だろうよ」
もし仮にそれが本当だとしたらここに眠っているウェアウルフの骸の数は数百、いやいや軽く見積もっても数千、数万はくだらないだろう。
――問題はそれを誰がやったのかという事。
「セレナ、何か心当たりは?」
「いいえ……。ですがこの惨状、そしてこの階層付近に魔物が少なかったのは恐らくそれが関係していると見るべきでしょう」
「だよな」
「――ラック様」
微かに感じる地を這うような揺れ。
「……あぁ、わかってる。どうやらわざわざ向こうの方から挨拶に出向いて来てくれるらしい」
暗がりのさらに奥、ここよりも更に深い場所から沼の底の淀みが湧き出でる。
縄張りに足を踏み入れた獲物を逃すまいと、もしくはただ単に排除するためにか、音を立てることなく静かに近づいてきたそれはゆっくり瞼を上から見開くと異物を一人一人見定めていた。
――ウロヴォロス。
それは鋭い嘴と両翼を持ち、死と再生、不滅の象徴である巨大な蛇。
この階層のウェアウルフたちを食い物にしていたのは十中八九こいつだろう。
全長は優に100メートルを超え、ウェアウルフと言えども軽々一呑みにされてしまう程の巨大さだ。
明らかに今まで相手にしてきた魔物たちとは別格。
決してこんな所に居て良い存在ではない。
「ラフィテア、ドワ娘、それにラトゥ。三人は視線を逸らさずゆっくり後方に下がるんだ。いいか、ゆっくりだぞ。――絶対背中を見せるんじゃない。いいな」
「わかりました」「う、うむ」「わ、わかったぜ」
「ヴェル、お前は俺とセレナの後ろまで下がるんだ」
「でも、パパ――」
「下がれ、ヴェル」
「う、うん」
いつもなら駄々をこねるヴェルだったが、俺のただならぬ雰囲気を察したのかそれ以上わがままを言う事なく素直に頷いてみせた。
「――オルメヴィーラ公、この魔物知っているのですか」
「噂程度には、な」
知っていると言っても所詮ゲーム内の知識だ。
この世界でそれが丸々当てはまる保証はどこにもない。
だが、もし俺の知識通りの力をこいつが有しているのだとしたら、この人数でどうこう出来る相手ではない。
高レベルの冒険者たちがアライアンスを組み、事前にしっかり戦略を立て万全の準備をし、挑むほどの相手なのだ。
間違いなく後ろの四人には荷が重い。
「……どうだ、セレナ。やれそうか?」
「愚問ですね。この様な所で命を落とすのであれば、あの女の首を刎ねることは出来ませんから」
「確かにそうだな」
ウロヴォロスは強い。
一対一ではまず間違いなく勝てない。
だがそれでもきっとこいつはメフィストの足元にも及ばないだろう。
それが今の俺たちの実力って事だ。
死線を超えなきゃ本当の強さなど手に入れる事なんて出来やしない。
レベル上げにはハードすぎる相手だけどな……。
体勢を低くし愛刀を両手に構えるとスキル“猛毒の針”ヴェノム・スティンガーを発動させる。
格上相手に出し惜しみは失礼ってもんだろ。
俺は紫色に染まった短刀を握りしめると、白く染まった大地を力強く蹴り上げた。
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