ダンタリオン地下迷宮ー14
――ランタンの小さな明かりでは到底光が及ばないだだっ広い空間。
どこまで高く、そしてどこまで続いているのか。
永遠とも思えるほど果てしなく闇が広がっている。
拠点を離れ、左右へと蛇行する長い一本の氷の洞窟を慎重に探索すること数刻。
この階層に足を踏み入れてから一切の魔物に遭遇することなくこの場所に到達した俺たちは、想像だにしない幻想的な景色を目の当たりにしていた。
そこは光の届く範囲すべてが白い何かで埋め尽くされていたのだ。
それは死を迎えた森の木々が朽ち果て、いくつもの、いや無数の枯れ枝が地面に突き刺さり、消え去る最後の時を待っているかのようであった。
氷の大地に突如生えた白の突起物は余りに脆く、ほんの僅か足に触れただけで音もなく崩れ落ち、粉となったそれは雪の結晶の様に宙を舞い地面に降り積もっていた。
ランタンをラフィテアに預け降り積もった粉を慎重に手で救い上げてみる。
さらさらとしたそれは非常に粒子が細かく手の隙間からするすると零れ落ち、まるで貝殻を細かく砕いた石灰のようであった。
「これが一体何だかわかるか?」
「いえ、この様な光景、見たことも聞いたこともございません」
「植物の胞子や毒、砂の類でもなさそうですね」
「あぁ、そんな感じじゃ無いな。――ラトゥ、お前何か知らないか?」
「長い事この仕事に携わっちゃいるが、おいらも始めて見るぜ」
「そうか」
「けど――」
「けど?」
「この白い粉、何処かで見た気がするだよな」
「本当か?」
「……けど、何だったっけか。ちっとも思い出せねぇな」
「見た所、これ自体に特別害はないのじゃろ?」
「ん。そう、だとは思う」
「ならそこまで気にする必要もないじゃろ」
「そういうもんか?」
「そりゃそうじゃろ。それを言いだしたらどうして地下迷宮に植物だらけの洞窟、氷に覆われた大地があるのかという話になってくるではないか」
「確かに一理ありますね。ダンタリオン地下迷宮自体不可思議な存在。ここが何の為にあるのか、どうして出来たのか未だにハッキリしていませんから」
「そういう事じゃ。ここはこういう場所。それ以上でもそれ以下でもあるまい」
「まぁそっか、そうだな」
魔物がいないこともあってちょっと気にし過ぎたかもしれない。
「うむ。考えても分からないことは気に病むだけ損じゃ。わらわたちは考古学者ではないのだからの」
「フレデリカの言う通り、ここではあまり常識に囚われ過ぎない方がよいのかもしれませんね」
「わらわも良い事を言うじゃろ」
「偶にはな」
「何じゃと!」
「冗談だ、冗談。……どうしたんだ、ラトゥ」
「えっ、あぁ、別に。何でもないぜ」
ラトゥは一人片膝をつき、手にした白い結晶を何度も掌で転がしながら真顔で見つめていたが、付いた粉を叩き落とすと曲がった帽子を整え立ち上がった。
「何にしても気を付けることに越したことはねぇ。特にここではな。そうだろ? セレナ嬢」
「ラトゥの言う通りです。ここから先は未踏の地。ダンタリオン地下迷宮では何が起こっても不思議ではありません。ゆめゆめ油断なきよう」
「わかった」
――この渺渺たる迷宮を歩き続け、どのくらいの時が経過しただろうか。
太陽が失われた閉鎖空間。
代り映えのしない景色。
地面から突き出した白い棘。
白い結晶は氷の大地の上に降り積もり砂丘となって一行の足の自由を奪う。
僅かな光を頼りに氷の壁を右手に歩みを進めていく。
唯一の救いと言えば、ここでも魔物と遭遇しなかった事だろうか。
結局俺たちは数時間かけこの巨大な洞窟をぐるっと一周し、元の場所へと戻ってきたのである。
「……どうやら外周には下の階層に通じる道はなさそうですね」
「口に出さなくともそんな事この場にいる全員がわかっておるわ」
「ここがダンタリオン地下迷宮の最下層なのか?」
「いえ、多分違うと思います、ラック様」
「どうしてそう思うんだ、ラフィテア」
「僅かにですが、中心に向かう風の流れを感じます」
ラフィテアは軽く人差し指を口に含むと視界の利かぬ中央の闇に向かって指をさしてみせた。
「耳長、も、もしかして初めから気付いておったのか?」
「はい、当然です」
「な、ならなぜもっと早く言わんのじゃ!」
「おい、ドワ娘。今日の俺たちの目的は下の階層を目指すことじゃなくて、あくまでこのフロアーの探索なんだ。最初に言っただろうが」
「そんな事はわかっておる!」
項垂れているドワ娘の気持ちもわからないでもない。
この寒く歩きにくい洞窟の中を延々と歩かされ、結局何の発見や進展もなく元の場所に戻ってきたのだ。
この階層までスムーズに進んで来たから余計にそう感じるのだろう。
しかし、それはすべてセレナたち聖リヴォニア騎士団のおかげなのである。
「すこし休んだら中心部の方も調べましょう」
セレナの言葉に項垂れていたドワ娘は更に肩を落としへたり込んでしまった。
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