ダンタリオン地下迷宮ー13
氷塊の壁で覆われた室内中央にはえんじ色の炎が揺らめき、周囲を暖かく染めている。
全員が湯船で温まり、ここに集まったタイミングで今日の夕飯を順番に振舞っていく。
器の中の赤く染まった液体は数種類のスパイスに香りのよいハーブ、それから乾燥トマトと干し肉をじっくり煮込み柔らかくなったところでパタタ芋を投入した特製ピリ辛スープである。
溶け出したパタタ芋がスープにとろみを加え、舌を刺すような刺激強いスパイスとハーブが身体を中からじんわりと温めてくれる。
さらに焚火を囲むように置かれた岩石の上には小麦粉とミルク、それから塩とオイルを混ぜ良く捏ねた物を薄く延ばし貼り付け焼いている。
きつね色に焼けたそれを手に取ると熱々のまま口に頬張ってみると、香ばしい香りとほんのり甘いミルクの風味が口いっぱいに広がっていく。
一口大にちぎり皿に付ければ生地がたっぷりとスープを吸い込み、口の中で絶妙な味わいを醸し出していた。
氷点下の中の重労働もあり、みな余程空腹だったのか無言のまま手を止めることなく食事は進み用意してあった料理はあっという間にすべて綺麗に片付いてしまった。
セレナに至っては余程気に入ったのか、ラフィテアにこっそりおかわりを頼んでいた。
胃袋も満たされ、温かいハーブティーを飲みながらしばし寛いでいると、セレナが自分席を立ち俺の隣に腰かけてきた。
「オルメヴィーラ公、貴殿は気付きましたか?」
「ん? 何のことだ、セレナ」
「この階層に近づくにつれ明らかに魔物の数が少なかった。それにこの階層に来てから一度も魔物の気配を感じていない」
「確かにな。それについては俺も少し気になっていたところだ」
階層を一つ降りるごとに魔物との遭遇率は格段に減っていた。
最初はこんなもんかと思っていたが、この階層ではまだ一度も出会っていない。
30階層のあの魔物の群れと比較すれば釈然たる違いだ、
「以前私たちがこの階層に足を踏み入れた時は休む間もなく魔物どもの対処に追われていました。それが今回は……」
「確かに不気味よな、セレナ嬢。ひっくっ!」
どこに隠し持っていたのか、小さな酒瓶を取り出し一人晩酌を楽しんでいたラトゥは顔を赤く染め酷くご機嫌な様子で話に割って入ってきた。
「酒臭っ。おい、ラトゥ、そんなに飲んで大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫ですぜ、旦那。魔物の気配もまったくねぇんですから。酒くらい飲ませてくださいよ!」
完全に出来上がってるじゃないか。
「ラトゥ、あなたはどう思いますか?」
「ひっく。あぁ、そうっすねぇ。おかしいっちゃおかしいが、奴らおいらたちが来るのを察知して尻尾巻いてどこかに逃げちまったんじゃねぇですかね、ひっく」
「……どこかに逃げる、ですか」
「そんなバカな」
「何にしても魔物がいねぇってんだからいいじゃねぇですか、旦那ぁ」
「いやいや、俺達の目的はだな……、って酒瓶抱えて寝てる」
ったくお気楽なもんだ。
鼻提灯を膨らませ幸せそうに寝息を立てているラトゥを他所に、セレナはハーブティーを手に持ったまま一切身じろぎせず酷く真剣な顔でカップの一点を見つめていた。
「どうした、セレナ」
「いえ、少しラトゥの言葉が気になって」
「魔物が逃げ出したって?」
「えぇ」
「酔っ払いが適当な事を言っただけじゃないのか?」
「そう、かもしれませんね。ですが、この地で何かが起こっているのは間違いありません。明日はより一層気を引き締めて探索する必要がありそうです」
「そうだな。その為にも今日はゆっくり休んで溜まった疲れをしっかり取っておこう。もしかしたら目を開けたらそこら中魔物で埋め尽くされているかもしれないからな」
「ふふっ、そうですね」
俺の不謹慎な冗談にさっきまでの張りつめていた表情はすっと溶けてなくなり、笑みを浮かべたセレナは少し冷めてしまったハーブティーに口をつけるとゆっくり喉の奥へと流し込んでいった。
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